【福岡 ぬか床千束】驚くべき発酵の力 ぬか床のある暮らし

ぬか床料理専門店「千束」店主 下田敏子
撮影:目野つぐみ

時代は今からさかのぼることおよそ400年前、豊前小倉藩主の小笠原忠真公は戦さ下手で籠城を得意とし、非常食としてのぬか床を奨励した。殿様の命令ということで母から娘、そのまた娘への受け継がれ、嫁入りのさい「嫁入り道具」の一つとしてぬかの入った樽を「床の間」に飾ったことからぬか床と言われている。九州北部の気候・風土に恵まれ100年単位で生き延びた小倉のぬか床は、家族の健康を気遣う、良い嫁のステイタスとなっている。

ぬか床は魔法のベッド。

現代人を脅かす生活習慣病やがんなどの病気を防ぐには、食物繊維やビタミン類が欠かせない。それらを多く含む野菜を食べやすく、しかも栄養価を何倍にも増やすぬか床は九州大学農学研究院の園元教授によって研究され、その驚くべき発酵の力が明らかになった。あれから20年が経過し、健康志向の高まりで今ふたたび、ぬか床が大変なブームである。

では野菜をぬか床に漬けると何がどう変わるのだろうか?
時間がたつにつれて野菜に含まれるビタミンCは減り、鮮度は失われる代わりビタミンK、B2、ナイアシン、B6、パンテトン酸などが増える。ビタミンB1が16倍に増えるのは、ぬか床の原料となる生ぬか(米の外皮や胚芽部分)がビタミンB1やミネラルを豊富に含んでいるからだ。ぬか床にはそのわずか1gに10億個の植物性乳酸菌が含まれている。植物性乳酸菌は動物性乳酸菌(ヨーグルトやチーズなどに含まれる)よりも強い菌のため、胃酸や胆汁酸にも負けず腸に到達するので腸内フローラを整えてくれる。

現在、ぬか漬けが再注目され、静かなブームを呼んでいるのはこのように腸内環境を整えて、体の内側から健康、美容に効果があるからだ。

ぬか床は生き物。子どもを育てるのと一緒

福岡市街から唐津方面へ西に向かって車で50分、下田敏子さんは糸島という半島にぬか床工房を構えて30樽のぬか床を育てている。敏子さんが経営するお店「千束」の10樽と合わせて40樽。そのうちの5つが親樽といって、敏子さんの母、福永壽枝さんから受け継いだぬか床だ。

そんなぬか床に敏子さんが初めて向き合ったのは、高校生の時。母親が入院したため、誰もぬか床の世話をしないので敏子さんが恐る恐るぬか床を覗いてみたところ、カビ状のものがびっしり。どうしようと思いつつ上の層を取り除いてみると、その下には黄金色に輝くぬか床が生き延びていたのだった。ぬか床には、不思議な力が秘められている。そう思った敏子さんは、先祖代々、祖母、母が受け継いできたこの200年続くぬか床を守ることを決意した。

「ぬか床は私の娘と同じです。人間でいうと高校生までは糸島で過ごし、それから福岡のお店で成人式を迎え、最後にしつけをしてお嫁にだします。そして本当にいい味を出す熟女にするのはお客様です。ぬか床は野菜を漬けてかわいがってなんぼなんですよ」

ぬか床は人に分け与える文化

ぬか床料理専門店「千束」は福岡市中央区にあり、今年45周年を迎えた。1階がぬか床を中心とする商品の製造販売所、2階がぬか床料理のお食事処となっている。ぬか漬のお漬物と小鉢数点、そしてぬか床で炊いたお魚もしくはお肉の定食のみだが、11時の開店と同時に素朴なぬか床料理を目当てのお客様で毎日満席になる繁盛店だ。

「千束」のメインディッシュは、北九州市の小倉地区を中心に江戸時代から伝わるとされる郷土料理「ぬか炊き」だ。ぬか床に山椒の実や唐辛子などの香辛料、昆布を加えてうまみを引き出すのが小倉流。

「料理研究家でもあった母親が作る、ぬか床を使った青魚の『ぬか炊き』があまりに美味しくて始めたお店なんです。」

味付けに使うのは、醤油、砂糖、酒、水くらいで、そこに200年守り続けたぬか床をたっぷりと入れ身が柔らかくなるまでコトコトと3~4時間炊くと出来上がる。

母から娘、そのまた娘へと、長い間受け継がれてきたぬか床について「ぬか床は嫁に出した娘みたいなもの。責任をもってよみがえらせるのが私の使命。どんなにひどくなっても、黄金色をちょっとでも発見できたら再生は可能です。売るのは簡単、でも教えるのはたいへん。でもぬか床の価値をわかってくれる人には誠意をもってお話しします。本物を伝えたいからやっているんです」と言うように、ぬか床のプロとしてぬか床の作り方から毎日の手入れまで、敏子さんの“ぬか床110番”には毎日、全国から相談が寄せられる。

この素晴らしいぬか床の文化は、これからますますスポットライトを浴びることだろう。健康が重視される時代に、家族の健康を気遣いながら、色とりどりの旬の野菜のお漬物が食卓を彩るのはとても幸せなことだ。

取材協力
ぬか床千束
福岡市中央区高砂2-9-5
電話:092-522-6565
(新型コロナウィルス感染拡大のため、ぬか床の無料診断は現在、一時中止)

記者:スマイラー特派員

谷口光児(テンポス広報部)