【秋葉原 純喫茶】懐かしさを求めて

昔はね、アルバイトが二人いたんですよ。それで少し暇になって二人でやるようになりました。店を始めた頃は結構忙しかった、今とは全然違ってね。近くに神田青果市場があったから、お客さんが結構来てくれた。

出典:「神田市場に集う(大前智之著)」

喫茶店をやろうと思ったきっかけ

僕は出身が福島なんです。それで横浜に出てきて最初は会社勤めしたんですけど一年で辞めて、渋谷でぶらぶらしてたら、昔は電柱に求人の広告が貼ってあったんです。ボーイさん募集ってのをたまたま見つけて電話したら、それが道玄坂にある喫茶店だった。それからどっぷり水商売に入っちゃった。

結婚するから水商売から足を洗って普通の仕事をやろうと思ってこの喫茶エリエートに社員として就職したんです。最初はここの大家さんがこの喫茶店を経営していたんです。一階がサウナ、3階が大家さんの住まい。それで2階が喫茶ルームと言うか大家さんのお店。それで大家さんがお店辞めるので、やりたいならどうですかって声かけてくれた。ちょうどその頃は喫茶店の全盛期でね、ビルが建つと必ず一階は喫茶店そんな時代だった。

昔の喫茶文化

昔はね、喫茶店が開店する時は、コーヒー会社が取引してもらうために人を紹介してくたんですよ。コーヒー会社はそういう営業のやり方をしていた。新たに人を探すよりコーヒー会社に人を紹介してもらう方が安心できるし。もちろん喫茶店に勤めていた人を紹介してくれるんだよ。それにどこかで喫茶店が開店するとなると応援に行ったもんですよ。全然知らないオーナーさんのお店なんだよ、ちょっと開店するから手伝いに行ってくれないかって。それも結局コーヒー会社が音頭とってくれた。それくらいコーヒー会社が喫茶店をまわっていたってことですよ。当時はあちこちに喫茶店があったからそういう活動もできたってことなんだよね。

出典:「神田市場に集う(大前智之著)」

いつ頃から変わったのか

出典:「神田市場に集う(大前智之著)」

神田青果市場が大田区へ移転した、昭和64年(平成元年)ぐらいかな。ちょうど昭和が終わるとともにそういうコーヒー文化ってのがなくなっちゃったって感じだね。

あの頃から街の風景もすっかり変わっちゃったけど変わってないのはこの店だけだよ、と言うので当時神田青果市場に勤めていた人が時々ぶらりとこの店によってくれるんだ、懐かしさを求めて。誰だって昔、通っていた店に懐かしさを求めて行く事ってあるよね。

現在、喫茶エリエートは関西ローカル放送番組「新ミナミの帝王(カンテレ制作)」のロケ地になっている。撮影のときだけ、ここは秋葉原ではなく日本橋(ルビ:にっぽんばし)に変わって看板もキーコーヒーからベスト珈琲、店名はエリエートのまま。何かコトが起こるたびに萬田銀次郎(千原ジュニア)と舎弟・竜一(大東駿介)が行きつけの喫茶店に集まる、そんなシーンを撮影するために、役者の多くが東京で活動していることから「喫茶エリエート」が選ばれた。

取材協力

「喫茶エリエート」東京都台東区秋葉原3-11 松菱ビル

店主 角田 秋生氏(秋葉原町会副町会長)

TEL:03-3253-8808

記者:スマイラー特派員
谷口光児(テンポス広報部)