セールスの本を読んでも、売り上げゼロ

昨日の続き

勉強熱心な俺は、トーク練習を徹底してやったお陰で、他社比較のトークなどは、他社の社員よりも他社商品の強み弱み詳しくなった。
導入前導入後の比較、現金に比べてリースのメリットトークなどは、歌を唄うように節をつけて話せた。
中途半端な知識で節税を反論してくるオーナーに、正面から自信を持って高らかに説明した。
「社長!あなたの知識は間違ってます。これこれこうなんですよ。」
ああ言えばこういう、こう言えばああいう。見事にやり込めてしまった。
社長は感心して、「そうかなるほど、君の知識は大したものだ。だが、気分が悪いよ。帰ってくれ!」
追い出されてしまった。
トーク資料には、正しく伝えなさい、とあったが、言い合いしてはいけないとは書いてなかった。

トーク練習では、お客様の商品を褒めなさいと教わった。
肉屋に電子秤を売りに行った。
ガラスケースの向こうで、偏屈そうなオヤジが肉を切っていた。
「コンチわぁ、テックの森下と申しますあすぅ。」
声を張り上げて「旦那さぁーん、いい肉を並べてますねぇー」
オヤジが手を休めないまま、じろっとこっちを一瞬見て、下を向いたまま「おう、へぇってきな!」
お客様に入ってきななんて呼ばれるなんて、およそないことで、ニコニコして
「失礼しまぁす」言いながら、オヤジさんのそばに行き、「改めまして、テックの森下と申します」
「ちょっとこっちにきな!」
ワクワクして側に行くと
「お前、今ぁなんとか言ったなぁ、いい肉を並べてますねぇーだとぉー!
小僧!オメエに肉の良し悪しがわかるのかよ、どんな肉がいいのか、言ってみな、言ってみなよ」
ドギマギしていると、デカイ肉のかたまりをさばいていた包丁の背中で、俺の首を軽く叩いて、スーッと引いた。
首がチョン切れるかと思ったよ。
「小僧!売りたいがため、肉をわかりもしないで、おべんちゃらいやあがって、オメエみたいなのを、乞食根性というんだ、帰ってくんな!」
俺はセールには向いてない、第1顔が僕ちゃんみたいな、子供子どもしているから、そんな顔して肉を褒めれば、怒られるに決まってる。
首に手をやって血が出てないか確かめながら、肝を冷やして店から出てきた。
セールスの本には、子供様な顔して、肉を褒めてはいけないなんて、一つも書いてない。

純朴な森下青年はこうして、だんだんと屈折してくる。
次第に訪問件数が減る。喫茶店で暇つぶしをするなんて、銭のかかることは思いつかない。
神社の縁側にねっ転がでサボっていた。
まだなんとか売れると思っていた。

また明日ね。