孤独な闘いから得たもの

味噌ラーメン専門店 狼スープ

代表 鷲見健氏

22歳で初めて東京で店を持った。軽トラを改造して味噌らーめんを出す屋台だ。「気持ちのいい風を受けながらビールやワンカップの日本酒をすする、そしてちょっとチープなラーメンをこぼしながら食べる、そんな雰囲気が好きなんです。」と話すのは店主の鷲見健氏。しかし、その屋台は上手くいかず半年で閉め、その後、修行店への出戻りを機に札幌へ。その2年後に再度独立。「東京で失敗した屋台をもう一度やりたい」という半ば執着心から札幌で屋台を引き始める。しかし、これも寒さの厳しい札幌では吹き抜けの屋台では続けることが難しいこと、また、立ち退きの問題も重なり、半年早々で屋台を閉め、急遽今の店である「狼スープ」をオープンさせた。

当時は、店の周りは更地。商売っ気のないエリアだったがそこが気に入った。修行した店も橋の下の行き止まりの場所でありながら大行列のできる店だった。また、一生懸命ペコペコしながら安いラーメンを出す店ではなく、プライドをもった店をやりたいという想いからだ。

しかし、それは2年の月日を経て自分のおごりだったと気づく。毎日深夜0時まで営業しても、1日10杯、15杯が出る程度。当時は腕組みをするのが癖で、厨房でも腕組みをして来店を待つ日々。スタッフには社員並みの目線で接し、誰一人一年も続かない。気づけばお客さんも従業員もいなくなっていた。当時の心境を「自分には愛がなかった」とポツリとこぼす。

そこから人と商品への考え方を変えた。

スープのベースは変わっていないが、昔のギトギトして甘味調味料もがっつり入ったB級グルメの立ち位置から、体の芯からあったまり、次の日のエネルギーになるようなラーメンをお客様に食べてもらいたいという考えに変わった。水、味噌、食材一つ一つを吟味し、体を冷やす化学調味料は極力使わない。そうすると、今までスープを残していたお客さんの反応が変わり、それが売上に繋がっていった。

スタッフとの関わり方も変えた。スタッフが家のトラブルで困っている、引越し費用が足りない、そんな時は一番に助けにいった。お金の援助はできないぶん行動で示した。社員並みのレベルを求めていた接客も変えた。グラスを割る等の業務中のミスに怒るのをやめた。しかし、礼儀面での失敗は目の色を変えて厳しく指導する。それは、一回りも違うスタッフ達を社会人としてちゃんと送り出してあげられるような自分でありたいという想いがある。今ではほとんど辞める人がいない。「正解かどうかは分かりませんが、自分はそんなスタイルでいいのかなと思ってやっています」と鷲見氏は話す。

店内は、聞き心地のいい音楽に、麺のすする音とカチャカチャと厨房から聞こえる音、そしてその静けを壊さない「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」の心地よい掛け声が響く。鷲見氏がスタッフに何か伝える時も、スタッフの耳元でコソコソと伝えてから、スタッフが動き始める。決してその雰囲気を壊さない。それは、無骨な大将がやっている、でも居心地の良い昔ながらの屋台の雰囲気さながらだ。

味噌ラーメン専門店 狼スープ

札幌市中央区南11条西1丁目5-1

EL:011-511-8339