株式会社テンポスホールディングス 代表取締役社長 森下篤史
交渉ごとを思い通りに決着させることは難しい。当然だが、相手にも思惑があるからだ。そんな相手を納得させてうまく動かすことができれば、より有利な条件を引き出すことも可能になる。それが交渉術だ。
交渉術は、タイミングが重要
たとえば、「ステーキのあさくま」で通常150gのハンバーグを250gにした新商品を出したとする。お客様の反応を知りたいから、食べ終わったお客様に「いかがでしたか?」と聞く。「よかったよ」という返事にホッとする。似たような経験はみんなあると思う。
このタイミングで、ある交渉術を使えば、新商品を人気商品に押し上げ、そのお客様を上顧客にすることもできる。
そのお客様に「もう少しジューシーにしたいんで、肉だけじゃなく、キャベツや玉ねぎを入れてみようと思うのですが、いかが思われますか?」と聞いてみる。
「250gは、多すぎませんか?」「ソースも変えようと思うのですが、どんなものが合うと思われますか?」などと聞くと、たいていのお客様は、いろいろ答えてくれる。
そして最後に「ありがとうございます。参考になりました。研究して改良してみます」と店長が挨拶をすれば、そのお客様は、あのハンバーグどうなったかなと気になって、行ってみようかなと思うはず。ほぼ確実にリピートしてくれる。
さらに、改良ハンバーグを食べていただいた後に、また「いかがでしたか? 今回のは」と聞く。そうなると、お客様自身も、一緒に新商品開発をしている気分になってくる。店長に「お客様のおかげでヒット商品になりました」なんて言ってもらったりしたら、それは気分がいい。
「これ、俺がアドバイスしてヒット商品になったんだ」と自慢したくて、何度も友達を連れてきてくれる。もう、上顧客だよね。
もっとも、この例は交渉というには微妙ではあるけれど、相手を巻き込んでいく交渉術は、相手を能動的にすることができるから効果は抜群だ。買ってくださいなどと言う必要がなくなる。交渉術は言い換えれば、交渉相手と対決するのでなく、一緒になって問題解決に向かう手法だ。
でも、この方法は交通事故のような場面では使えない。例えば、ぶつけてしまった直後に、相手に「今後、事故を起こさないようにするためには、どうすればいいと思いますか? 何かアイデアはありますか?」なんて言ったら、その場で張り倒されかねない。最悪のタイミングだよね。
嫌なことを相手にお願いする時の交渉術
交渉では、相手にとって嫌なことをお願いしなければいけないことも多い。
たとえば家賃交渉。コロナの影響で売り上げが減って、実際に家賃交渉しなければならない状況の飲食店も、今は多いと思う。しかし、それは家主にとっては「嫌なこと」。本来入るはずの収入が減るのだから当然だ。こんな時に使える交渉術がある。
売り上げが半減している状況を伝え、「家賃を半分にしていただけませんか?」とお願いしても、すぐにOKしてくれる家主は少ない。店子の苦しさを理解はしても「ええ、いきなり半額かよー」となってしまう。
ところが、「払えません」とか「1ヶ月先延ばしにしてくれませんか?」とお願いするところから始めると、間をとる感じで半額でいいよと、話がまとまったりする。
相手が嫌がることをお願いする時には、もっと嫌がることをはじめに言うといい。かなり困難なことを、もっと困難なことと比べさせることで、それほど困難ではないと思わせてしまう手法だ。
相手から妥協案を引き出すために
以前、こんなことがあった。
ある商品開発をお願いした知人の会社の話。毎月400万ずつの費用を使って外注したが、2年経っても目処がついてなかった。つまり1億使った事になる。こんなにかけて開発する商品なのか? そもそもこの外注先じゃできないのではないか? と俺は思った。
それで今ある商品を自社でちょい手直しして、それを新商品にしようと提案した。しかし彼らは、それでは新商品とは言えない、世間も新商品と認めてくれないと、大反対された。
マイナーチェンジでも、消費者は新商品として問題なく認めてくれる。そう言っても全然ダメ。
そこで、それだったら、ネットで検索すれば似たような商品が出てくるから、その商品を売ってる会社を数社呼んで、交渉して、それに自社ブランドつけて売ったらどうだという話をした。簡単に言うと、代理店をやれと言うことだ。
そうしたら、全部仕入れてブランドだけつけ変えるなんて、そんなことはしたくない。メーカーたるものが仕入れ品をブランドつけるだけで売るなど恥なのだそうだ。あれだけ嫌だって言っていたのに、既存の商品の手直しでやる、と全員が言い出したのだ。
この方法で大切なのは、対比対象としてさらに困難なことを言うときに、真剣に、しつこく言うこと。口先だけだと思われたら、妥協は引き出せない。無茶苦茶なことでも、当たり前のように言う。無理なことを真剣に言うから、「それはできないけど、ここまではできます。これでどうですか?」と言う妥協案を相手から、引き出せるのだ。
こちらが真剣だから、相手も真剣になる。真剣に落とし所を見つけようとする。しかも、そのプランは押し付けられたわけではなく、自分から言い出したことだ。これが大事なんだ。納得して自ら動いたわけだからね。
交渉は、勝ち負けを決めることではない。お互いが納得できるゴールをいかに探し出すか、それが大切なのだ。
前回の記事
オリンピックを目指す人は幸せになれない