1 事例
―飲食店経営者Aさん(以下A)
「またまた大変です!退社した元店長が、弁護士に依頼して『未払い残業代500万円を支払わないと裁判を起こす』なんて文書を送ってきたんです!」
―弁護士B(以下B)
「今回もまずはその文書を見せていただけますか?」
―A
「彼は店長で管理職ですから、残業代は支払う必要ないですよね!?」
―B
「確かに管理監督者に該当する場合、深夜労働に対する割増賃金を除いて、残業代は支払う必要はありません。ただし、これまで管理監督者に該当すると判断した裁判例は多くなく、裁判所は厳格に判断しているため注意が必要です。」
―A
「彼には店の顔として店の運営をほとんど任せていましたし、店のPRということで、彼自ら『秋の京』というロックバンドを組んで、店で演奏してSNSに載せて宣伝していたみたいですし、その管理監督者に当たるはずだと思います!」
―B
「分かりました。裁判所が判断のポイントとしている点がありますから、一つ一つ検討していきましょう。」
管理監督者とは?
管理監督者とは、「労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」などと定義されます。
管理監督者に該当するか否かは、役職等の名称にとらわれず、職務内容、責任・権限、勤務実態、待遇などの実態に即して判断します。「部長」、「店長」等の役職に付けていたとしても、実態が無ければ管理監督者とは認められません。
管理監督者に該当するか否かの具体的な判断基準
これまでの裁判所の判断を分析すると、裁判所では、①事業主の経営上の決定に参画し、労務管理上の決定権限を有していること(経営者との一体性)、②自己の労働時間についての裁量を有していること(労働時間の裁量)、③管理監督者にふさわしい賃金等の待遇を得ていること(賃金等の待遇)等の要素を総合考慮して管理監督者の該当性を判断していると考えられます(図を参照)。
上記①ないし③の要素がどのような場合に認められるかについてさらに具体的に挙げていくと以下のとおりとなります(なお、上記の各事情が管理監督者の該当性の判断にどの程度影響するか、具体的事実をどのように総合的に考慮するか等については、当該事案に応じて個別具体的に判断されるため、トラブルの際は弁護士にご相談されることをお勧めします)。
① 経営者との一体性について
まず上記①については、他の従業員の人事考課・昇給決定・処分や解雇を含めた待遇決定に関する権限があるか、他の従業員と同様の現場業務にどの程度従事しているか、経営会議等への出席はしているか、管理監督者として扱われている者はどの程度いるのか等がポイントとなります。
例えば、他の従業員の労務管理に関わっている場合でも、単に採用面接を担当したり人事上の意見を述べるだけであったり、管理監督者としてのマネージャー業務だけでなく部下と同様の現場業務にも相当程度従事していたり、会議に参加している場合でも当該会議が単なる報告の場であり、実質的な経営に関する意思決定は行われていない等の場合は、管理監督者性を否定する方向で考慮されます。
② 労働時間の裁量について
次に上記②については、始終業時間がどの程度厳格に取り決められ管理されていたか、当日の業務の予定や結果の報告が義務付けられているか、社外で業務を行う場合に上長の許可を得る必要があるか等がポイントとなります。
例えば、タイムカードで出退勤が管理され、遅刻・早退・欠勤等があると賃金をその分控除している場合は、管理監督者性を否定する方向で考慮されます。
③ 賃金等の待遇について
最後に上記③については、給与が職務内容・権限・責任に見合った待遇とされているか、管理監督者ではない他の従業員との間に有意な待遇の差が設けられているか等がポイントとなります。
例えば、長時間労働を余儀なくされた結果、時間単価に換算した賃金額が他の従業員の賃金に満たないような場合は、管理監督者を否定する方向で考慮されます。
今、見直すべきこと
これまで残業代の時効は2年とされていたため、本事例のように退職した元店長との間で残業代についてトラブルとなった場合、基本的には最大2年分の残業代が請求されていました。
しかし、つい最近、民法が約120年ぶりに大改正が行われたことに伴い、残業代の時効が当面3年に延長されました。
特に飲食店では従業員の長時間労働が常態化していることが多いため、残業代が3年となると残業代の金額が大きく異なってくることになります。そのため、従業員との間の残業代トラブルは今後より大きな経営上のリスクとなります。管理職としている従業員が真に管理監督者に該当するか否か、今一度検討されることをお勧めいたします。また、管理監督者に該当する場合も深夜労働に対する割増賃金は支払う必要があることにご注意ください。
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【執筆者プロフィール】
日本橋法律会計事務所 代表弁護士 水上 卓(みずかみ すぐる)
新潟県出身。仙台の法律事務所に勤務後、東京日本橋に事務所を開設。主な取扱業務は、企業側の労務問題等の企業法務、相続、不動産事件、一般民事・家事事件等。一般社団法人日本相続学会に所属し、山梨県等後援の記念事業連携の研究大会で講演を行うなど、講演・執筆にも注力。通知税理士としても登録。
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