居酒屋は“不急”でなくなったかもしれない、しかし“不要”じゃない。|株式会社ワタミ  会長 渡邉美樹氏

居酒屋「和民」を“居食屋”として一躍人気業態に育てたワタミ創業者の渡邉美樹氏。創業16年で東証1部上場を果たし、2008年3月期には売上高1000億円を突破。その手腕は内外から高く評価され、起業するために運送会社で一年間働き事業資金を貯めた話は有名で、小説『青年社長』のモデルにもなりました。ところが、渡邉氏が経営を離れてからワタミの業績が徐々に悪化していきました。

6年間の議員生活を終えた渡邉会長は、昨年10月に代表取締役会長に復帰しました。外食業界のカリスマ経営者が描く未来を、これからの飲食業界のあるべき姿についてお聞きしました。

外食産業の魅力

-渡邉会長は小さい頃から経営者になるという夢を持って外食産業でその夢を実現されました。外食産業のどういうところに魅力を感じたのですか?

私は自分の目指すビジネスを探すために北半球一周の旅行に出ました。しかし、そこで見たものは差別と偏見ばかりでした。地球で暮らすとはそういうものなんだと思いかけた時に、ニューヨークで素晴らしいお店、ライブハウスと出会いました。様々な人種の人たちが一緒に歌を歌ったり踊ったり、食事をしたりお酒を飲んだりしながら語り合うお店だったのです。美味しい料理があって、いい雰囲気と良いサービスのなかで好きな人と一緒にいる時、人間というのはなんて素晴らしい笑顔するんだ、と。こういう笑顔に触れていきたい、こういう笑顔をひとつでも多く作っていきたいという思いから、外食産業をやろうと決めたのです。

だから私にとっての外食産業とは物を売るとか食べてもらう以上に元気になって幸せになってもらう場所なんです。そのための手段が食事でありお酒であるわけで、これからもそういう“想い”で飲食業をやっていきたいと思ってます。

-渡邉会長ご自身の経験から今回のコロナをどう捉えてますか?

まず今回のコロナはこれまでのバブル崩壊やリーマンショックといった経済危機とは違う本当に異質なものだと思います。社会に与える影響が非常に大きかった東日本大震災は、震災後をどうするかということでした。しかし、今回のコロナはまず終わりが見えないのです。それと同時に大きなダメージに対してライフスタイルが変化しているわけです。ライフスタイルが急速に変われば、それによってダメージを受ける業界なり業種なりが生まれてきます。飲食業界で言えば居酒屋がその中でも最も大きなダメージを受けている業態でしょう。

需要”が蒸発した

-では居酒屋という業態はこれからどうなっていくのでしょうか?

まず一つは、マーケットは小さくならざるを得ないと思います。コロナ感染時期において、なんとなく今日一杯飲みに行こうかという需要が一気に冷え込みました。そしてコロナ収束後も経済的ダメージが残りますから、ここでもなんとなく行こうかというのが無くなってしまう。つまり居酒屋の一番大きな来店動機だった“なんとなく需要”がごっそりと削られるので、非常に厳しいと言わざるを得ない。

もうひとつは、収益構造が変化すると思います。居酒屋は宴会が一番の稼ぎ頭なわけです。年間通して毎月だいたいプラマイゼロでも12月と3月でドーンと収益を上げて全体の利益率を高くするのが居酒屋の収益構造です。コロナ禍で12月3月の売上が見込めなくなることは大きなダメージだと思います。

結論として、私は7割しか戻らないだろう、いや7割戻ればいいなと思っています。現段階で言うと居酒屋を経営されている皆さんは大体5割ぐらい戻ってきたなと思われているのではないでしょうか。しかし、東京都の感染者が増えると翌日必ずダメージを受けます。毎日ニュースで報道される全国の感染者数と客数は本当に反比例します。売り上げで言えばワクチンが出来上がるまではこの厳しい状況が続くと思った方がいい。

魅力的な店づくり

-では、居酒屋のビジネスのどこを変えていくべきなのでしょうか。駅近で100席以上の大箱というビジネスはもはや成り立たないのでしょうか?

毎日のように「不要不急」という言葉が飛び交っていますが、居酒屋が「不急」でなくなったのは事実です。では「不要」かと言うと、やはり人と人のふれあい、出会い、安らぎについて言うならば、私は、居酒屋は「不要ではない」と思っています。私の師匠であり森下社長の友人でもあった石井誠二さんは「居酒屋は美味しいものを食べさせる場所でもあるけれど、何するかといえば人を元気にさせるんだよ」といつも言っていました。つまり人が元気になる場所である居酒屋は「不要」ではないですよ。だからどうやって生き残るかを考えなければいけない。マーケットが7割に縮小するのですから、今まで以上に魅力的な店作りをしなければ生き残れない店が出てくる。

-その魅力的な店づくりとは?

やっぱり根本的なことでしょう。料理、サービス、そして内装と雰囲気。つまり QSC に辿り着いてしまうわけです。そこでしか食べれないもの、そこでしか会えない人、そこにしか無い空間。それをどう作り上げていくかでしょうね。

-ワタミグループはこれまでとは全く違う店に変えていくのですか?

そうならざるを得ないでしょうね。今までのように“ある程度の商品”が“ある程度の安い価格”で、という安心感で店を選ぶ、そういう人たちがいなくなったわけですから。だから今多くの居酒屋では5割も売上が上がらなくなっているわけです。

これからは、1週間2週間前からいつ、どこに、誰と行きたいと思わせるお店しか生き残らないと私は考えています。ですから「何でも平均点以上だよね」と評価されていたんじゃダメなんです。平均点以上ならどこでもいいんですよ、飛び抜けて何かが良くないと。あれを食べに行こうというものが無い店に魅力はありません。ということでワタミグループの居酒屋の商品構成もカテゴリーも大きく変わります。9月後半くらいから仕掛けるために今、準備しています。

-とはいえ飲食店の中には早くコロナが収束して元に戻ってほしいという声も聞かれますが?

もし、そんなことを考えている人がいれば、是非伝えたい。もう絶対に戻らない。戻らないことを前提に今までのことは全部忘れた方がいいですよ、と。私はこれまでの居酒屋経営というのを全部忘れてますよ。これから新しい時代が始まるんだから、新しい時代にふさわしい店をどう創るかしか考えていません。現場で足し算をやっていてはダメなんです、未来のあるべき姿から引き算していかないと。7割マーケットでも生き残る店とは、100を目指してそこから引き算するような店です。これが同業の皆さんに伝えたいことです。

新しい時代に合った特別な体験

-今、やらなければならないこととは?

7割しかお客様が戻らない前提で今、やらなければいけないことは損益分岐点を落とすことです。とにかく同じ原価でも高い価値のものを出すように工夫すること、もしくは同じ食材なら原価を下げる、仕入れの努力をすること。同じサービスならば効率よくできて生産性を上げていくやり方、工夫をしなければいけないと思います。もちろん家賃についても7割しかお客様が戻ってこないのですから3割家賃を下げてもらうべきです。とにかく7割しか戻らないという前提で損益分岐点をどれだけ下げられるかが、これからの外食産業で大事なことではないでしょうか。

-コロナがこれからどうなるかは全く読めない中で?

もうそれは読むしかないです。どうなるかわかんないじゃ手が打てないわけです。私が置いてる前提というのは10月以降も7割しか戻らない。その後再来年の春までこの状態が続く。それ以降については若干良くなっていくだろうと考えています。再来年にワクチンができるという前提ですけれども。

-そういう中で特別な体験とは?

新たに始めた『かみむら牧場』はまさに特別な体験ができる場所です。3,980円でA 4以上の和牛が食べ放題なんて他店では出来ません。そういう特別な来店目的でまさに今日も200人以上の予約が入っています。これはどういうことかと言えば、お客様に明確な目的があるのです。来週再来週3週間後にはゼッタイ行こうとみんな決めているわけです。しかも、『かみむら牧場』は従業員ではなくレーンに乗って肉が席に届けられます。もちろんオーダーもタッチパネルでお客様と従業員が触れないようになってます。

もうひとつ紹介する『から揚げの天才』、これはもう日常使いです。から揚げ一個99円はテイクアウトとデリバリー需要への対応です。特別な体験と日常使い、コロナ対策はこの両方を抑えるしかないわけです。

-居酒屋のランチ営業についてはいかがでしょうか?

居酒屋のままランチをやったり、居酒屋のままで弁当を出したり、あれは全部やめたほうがいいと思います。やっぱり弁当なら弁当屋になりきらなきゃダメなんです。気持ちとしては分かります、夜やってもお客様が来ないんだから。でも夜店空けても来ないんだったら昼やってもお客様は来ないです。そうではなく、夜営業を止めて全く新しい昼の店を作る、これならわかります。つまり覚悟してメニューをぜんぶゴミ箱に捨てるということです。今、経営者に一番大事なのは新しいことに挑戦する闘争心です。

夜やっていたお店がだめだから昼、中途半端にやるくらいならゼロから昼の店を作った方が成功する確率は格段に高くなります。その時にフランチャイズというのも一つの選択肢だと思います。もう出来上がってる成功モデルがあれば使った方がいいと私は考えています。そのために『から揚げの天才』の他にもいろんなフランチャイズを始めたわけです。

私自身が最初にフランチャイズで外食産業の基礎を学んだように、フランチャイズで勉強しそれから自分で店を経営することが、これからの時代でも成功する確率が高いと思います。事実、『から揚げの天才』にはものすごい数の問い合わせが殺到しています。既に来年3月末までに100店舗の出店が決定しています。あのクオリティのから揚げを一個99円で出せるのはワタミの仕入れ力が無ければ不可能です。個人ではできません。テリー伊藤さんのこだわりの卵焼きもお客様が商品の魅力を感じてくださる重要なアイコンになっています。これからもワタミグループはフランチャイズのパッケージを次々と作っていきます。来月には、低投資の新しい起業パッケージを発表する予定です。

取材協力:ワタミ株式会社 https://www.watami.co.jp/