借金1億から復活、ファイティングポーズで世界チャンプを目指す漢

「ユニフォーム着るからちょっと待って!!」と焦る八木社長

“醤油を一滴も使わない究極の塩だし蕎麦”を提供するのは、株式会社ビースプリングスが運営する「そば助」だ。現在、都内に11店舗展開しており、池袋店はわずか13坪ながら、月商800万を超える繁盛店である。同社の代表取締役、八木大助氏に繁盛の秘訣について取材をしたところ、そこには、自己破産寸前のどん底から立ち上がったサクセスストーリーが隠されていた。

天国と地獄を知った20代

八木氏の飲食人生の始まりは25年前。調理経験はなかったが、焼肉店で1年勤めていたという友人と、祖母から借りた資金で、12坪の小さな居酒屋をオープンした。立地柄、集客には困らなかったが、リピーターが付かない。「やはり料理だ」と必死に勉強しながら働いていると、年内には自分の給料が100万円を超えるまでになった。すると、色々なことに目移りし始めたという。趣味で始めたダイビングにのめり込んでは、すぐさまダイビングショップを2店舗出店。次第に居酒屋の現場には立たず人任せになると、300万あった売上は100万円にまで下がっていった。その後、不調の居酒屋は閉めて、ダイビングショップに注力したが、それも夏しか儲からない。気づけば借金が1億円にまで膨らみ、暗黒の30代に突入していくこととなる。

借金返済に追われる地獄の日々

「30歳から40歳までは記憶が曖昧なんです」。毎月の返済額は100万円、どう頑張っても当時の収入は30万円程度にしかならない。返せるわけもなく、毎週月曜日の朝にやってくる借金の取り立てに頭がおかしくなりそうだった。しかし何はともあれ稼がなければならない。儲かる仕事があると聞けば何にでも飛びつき、一時は10種の仕事を掛け持ちするほど、寝る間も惜しんで働いた。

パチンコ店向けの携帯動画配信サービスの代理店をしていたこともある。3万円の商材を1件契約できれば、1万円が自分の収入になるビジネスだ。売れなければ給料はゼロだが、地道に働いている暇なんてなかった。商売相手のことをよく知るために、パチンコ店でアルバイトをして、そこで稼いだ数万円を握りしめ飛行機に乗って九州にとび、そこで携帯動画配信サービスを売りに売りまくった。気づけば月に100万円を稼げるようになっていた。

「もう少しで出来ますからね、アチチ」と厨房に立つ八木社長。ユニフォームも着用!

100万円で始めた「そば助」

再起をかけて頑張っていると、神様は見ているものだ。「次は立ち食い蕎麦をやりたい」と周囲に言い続けていたことで、水面下の立ち食い蕎麦の物件の話しがまい込んできた。しかし、よくよく話を聞くと、夜逃げをするから150万円で店を買ってほしいという。しかも1年に1回のオーナーチェンジが6回も続く、いわくつき物件。他と同じことをしていては必ず自分も同じ目に合ってしまう、やるなら、世にない物しか出したくないという想いから考えだされたのが、醤油一滴も使わない、半透明の塩だし汁の蕎麦「そば助」だった。150万円のところ、100万円という条件で物件を譲ってもらえることになった。

今でこそ11店を展開し、2017年5月にオープンした「そば助 池袋店」は、わずか13坪ながら月商800万円を叩き出す繁盛店ではあるが、2号店が軌道に乗るまでは苦悩の連続だった。1号店のオープン一日目の売上は7,800円。

ラーメン屋と勘違いして入店したお客は、ふざけてんのか!と怒鳴り、帰る人もいたという。しかし、慌ただしい一日を終え、ようやく家の布団に入った時に八木氏の顔は、にやつかずにはいられなかった。食べてくれたお客はたった10人だったが反応は抜群に良く、「これなら絶対にいける」、そう確信を得ていたからだ。

はじめはシンプルに蕎麦の味を楽しんで。その後にお好みでごま唐辛子をつけても良し。ごま唐辛子は八木社長特製レシピ。濃厚で癖になる味で、これだけ食べても美味いんだな~

たが、このまま待っていても売上は上がらない。そこで、電子ポットに塩だし汁を入れ、通行人に試飲してもらうようにした。「日本初の醤油を一滴も使わない塩だし汁で食べる蕎麦ですよ!」と、一人でも多くの人に飲んでもらうように声を張り続けた。あたかも人気店であることをアピールするため、敢えて試飲で飲み終わった紙コップを捨てるゴミ袋は一杯のまま置いておいた。女性が飲んでいると安心して他のお客も試飲することがわかると、口紅のついた紙コップは外から見えるようにゴミ袋に入れておく。

試飲の次は、1個3,000円の中古のドラム缶を2個買ってきて店外に置いた。人気店に見えるように、ドラム缶に、「美味しかった」「また食べたい」とお客に書いてもらう。外で食べてくれたお客には、ゆで卵を一個プレゼントした。また、外で食べてくれるお客に「うちの広告塔になってください」とはっきりと伝えていると、雨の日でも傘を差しながら食べてくれるお客まででてきたという。一方で、次第にテレビ・雑誌に取り上げられたことで、“塩だし蕎麦”のヒットを加速させていった。

うまー!ごちそうさまでした!

その後も様々な取り組みを重ねて、成功の道を歩んでいった八木氏だが、実は、セントラルキッチンをオープンした時に、再度1億の借金を抱えてしまっている。しかも塩だしヒット前という事もあり、店の将来に不安を覚えやめてしまうスタッフもたくさんいた。慢性的に続く人手不足を前に八木社長は10時間働いて、1時間休憩、そしてまた10時間働く、そんなサイクルを1ヵ月続け、倒れたこともあった。それでも頑張れたのは、30代の借金に追われる地獄を乗り越えた経験があることは間違いない。「楽をして儲けていたら、何度も襲い掛かる苦難でとっくに潰れてしまっていた」と、しみじみと語ってくれた。ボクサー経験があるだけに、打たれても倒れずに前に出る、常にファイティングポーズをとる八木社長、多額の借金から逃げなかった男が作る塩だしのスープは、透き通って味わい深いものだった。

「そば助 池袋西口店」東京都豊島区池袋2-4-3
TEL:03-6709-2899
//soba-suke.com/

smiler40号