高校卒業後に大阪に渡り、専門学校に通いながら飲食店でのバイトを始めた綾田氏。バイト先で外食の魅力を知り、卒業とともに、そのままバイト先に就職、社員として勤務することとなり20代の生活を送る。30歳を前に、ゆくゆくは地元でお店を持ちたいと考え始め、約10年勤務した大手外食企業を退職する意思を固めた。社員の頃は、ホール仕事が中心で、ドリンクのレモンカット位しかやったことがなかったが、飲食店を持つなら自分でも調理ができるようにと、退職後は、大阪繁華街の個人店を中心に調理の修行も始める。勤めていた会社は大手だったので、個人店での仕事は不慣れではあったが、戸惑いや辛さも感じることはなかったという。うどん屋を経て、食堂街の鉄板居酒屋で働き、そこで鉄板料理に興味を持ち、鉄板串焼き業態という専門的な業態に入り、およそ9年間に渡り知識と経験を積んだ。そしていよいよ地元高松に帰り、独立に向けた行動が始まる、綾田氏40歳目前のことだった。
高校卒業から、約20年、大阪を拠点に働いていたので、逆に戻る頃には、高松の土地勘がなかったも同然であったが、地元の知人もいるし、なんとかなるだろうという、根拠のない自信を持ち物件探しから始める。しかし、蓋を開けてみれば、不動産業者も、長年離れて暮らしていた人間を高松出身とはいえ、よそ者扱いで当初は相手にもしてくれなかったという。暗礁に乗りかけた時、幼馴染で、親同士の親交も深かったというテンポス高松の店長が背中を押して、紹介から業者の繋がりもでき、出店が現実味を帯びてくる。そして今の場所に物件を見つけ、政策金融公庫から借り入れを起こし、長年の夢であった自分の店を40歳の時に開業、今年で2年目を迎える。一気にではないが、2年の歳月をかけた分、徐々にではあるが客足も売り上げも伸びているという。
綾田氏は「FLなどの数値はあまり気にせず、現場での体感を信じてやっています。ABC分析などもあえてせずに、お客様の反応をその都度確認して、メニューに取り入れています。」こう語る。また、今後の展望を聞けば「本当は展望とか持っていないといけないのですが、今の所は自分のできる範囲で、この店を5年、10年と長く続けることだけです」と語る。
外食業界で起業して、一発当てていい暮らしをするぞ!と夢見る人が都会には多い中、念願の地元、高松で自分の店をコツコツと真摯な姿勢で、確実に顧客を増やしている綾田さん。その優しい笑顔に、郷土愛、そして外食愛を感じた。
串焼 鉄板 ぼの
高松市片原町1-8 藤原ビル2F
☎︎087-813-1494
Smiler30号より