「弱者救済」って言うと、人権主義の人格者のような気がする。
弱者なんぞ切りすててしまえ!とはとても言えない。
日本では「弱者救済」と言う人は無条件でオーケー、ノウなどと言えばひんしゅくを買ってしまう。
スタンフォード大学で、所得上位1%しか受けられないような、1万ドルもかかるような授業のやり方に反対して、公開する事にした。これにより16万人以上が、授業を受けられるようになった。
素晴らしいじゃないの!スパシイーバ!
ただし、やる気のある人は、スタンフォード大の講義を受けなくたって、どんな方法でも勉強をする。
やる気の無いのは受け身だから、スタンフォード大の講義が受けられると嬉しい。
スタンフォード大のやり方は、やる気の無い人に授業を公開してるにすぎない。
「育てる」って事は、「困難」を伴って初めて育つに近づく。
「育てよう」と思ったら、困難を与える事以外、方法はない。
「困難」と言ったってドラマにあるようなすさまじいものでなく、教育を受けているへなちょこ者が困難と思う位のもので良いのだから、偉人や天才を除けば、我々庶民の教育に必要な「困難」のレベルなんてしれたもんだ。ドンドン困難なめに合わせてやれば良いのに、困難を与えるのは「土方か百姓」の家族だ何て馬鹿にして、中途半端な高学歴者。
厳しいは、冷たい人格無視と思い込んで、優しくて厳しいを知らない。
そのために、なるべく困難をなくしてやる事が愛情だなんて勘違いをして、教育の大事な要素の「困難を」取り除いた日には、教育とは言えない。味噌無しの味噌汁みたいなもんで、塩分が少ない方が身体にいい!などとたわけた事を言える「日本」
同じ能力の人が受験勉強をするとして
A エアコンの聞いた部屋で、夜の10時には、優しい親が「雅夫がんばってねっ」と言ってケーキを持ってきてくれる。
B 寒い部屋で足元がツンツンして来る。ケーキはこの一年食べた事がない。
Aが100人 Bが100人 どちらが合格する率が高いか?
考える迄もない。Aの方が合格率は高い。受験勉強の環境が整っている方が合格率は高くなる。
オリンピックの金メダルを狙ってトレーニングをするなら、設備の整った科学的な環境の方が良いに決まっている。
受験勉強は、合格するトレーニングをしているだけで、人間を作るわけではない。
早く解答出来るようになるだけである
AとBがその他の条件に違いがなかったとしたら、社会人になってから、どちらが仕事ができるようになっているか?
Bに決まっている。Aは合格するテクニックが身についたただけである。これが仕事に役に立つ事は少ない。
Bの方が困難を乗り越えてきた。我慢をしてきた。但しこの程度を「困難」などとは言いたくは無いが、日本人にはこの程度しか我慢をさせられない。
良い大学を出たAと、ソコソコの大学を出たB。
BはAより仕事が出来る。
困るのはBはAと競争しているうちは良いが、テンポス程度の会社でも今年は、「海外」が視野に入って来ているということ。
我等の送り出す「B」が、我慢と困難と敵愾心の塊の 中国 韓国人に勝てるかって言う事。
勢い 受け入れてから遅ればせながら 社員教育をぶち込んでいるが、中には落ちこぼれた社員の親(上場会社の役員)からクレームをいただく事もある。
その役員は、俺たちと同じように、「競争社会で戦い抜いている同志」だとおもっていれば、あにはからんや、どっかの国から日本をダメにする為に送り込まれた「スパイ」だったりして。
それが証拠に「馬鹿息子を作って教育を間違ってました」などとは決して言わぬ。
「ケーキ喰わせて大事に育てた息子を放り出すなんて、3流会社の教養もない社長の会社に行かせたのが、間違いだった。」
アア これで日本の将来はどうなるんだろう。