1000円で二度喜ぶ

世間じゃクリスマスっていうらしい。
田舎の百姓育ちには、誕生日を祝うって事はなかったし、ましてやキャベツの事を甘藍といってた家だから、クリスマス何て言葉で知っていただけだった。
親父薄給の役場の職員 年俸33万
友達の親父で靜銀に行ってる人は69万だった。
子供4人 爺ちゃんばあちゃん、母で8人家族
現金収入が少ないので、物を買うという事は出来るだけしない。
とはいう物の、百姓だけで生活していた家は、現金収入はお茶か蚕くらいで、ウチよりもっと金は使わない。
とはいうものの、贅沢さえしなければ、食べ物には困らないから、生活レベルは低いが貧乏というほどでもない。
縄文時代の生活を、貧乏というには無理がある。飛躍しすぎか。
ガーナに行ったときそう思った。
道路の日陰に裏庭で取れたオレンジを、板の上に山盛りにして売っている男がいた。
そいつは一日中木陰で寝っ転がって居るだけだったが、たまーにタクシーの運転手が一個5円のオレンジを5~6個買って、リンゴのようにナイフで皮を剥いてもらい、口をつけて手で絞りながらジュースのように吸っている。
25円の売り上げ。
1日で100円の売り上げがある。
オレンジ売りの男は、自宅といっても掘建小屋であるが、自宅の裏は手入れをしてない畑があって、タロ芋から、パパイアがなっている。
耕して肥料でもやれば収穫が2倍にもなるのに、別にこれで困りゃあせんという。
家は床がない。部屋の隅の土の上に、木の板があって、そこが寝床。
生活レベルは劣悪。
食うにはこまらないし、どの家もそんなもんだ。
縄文時代とあまり変わらない生活だが、貧乏じゃないんじゃないか。

自分の子供時代を振り返ると、親父が役場の仕事で年に一回か二回、磐田に出張することがあった。
パチンコで取ったという小さな缶入りのココアのお土産を、4年生を頭に4人の子供が、嬉しくて大騒ぎをしながら、茶碗にいてもらって、ふーふー吹きながら飲んだ。
小学校2年生くらいで、ココアを飲んだんだから、村ではハイソサエテー。

この10年信用取引の失敗で借金の返済と、固定資産税の支払いで収入は消えてしまう(何しろ田園調布に400坪、すべて抵当に入っている) で計算ミスで残った金を使う、
毎月の生活費は10万を超えない。
小遣いは2万、肥料と苗
そんな生活を続けていても、ガーナの土人と同じで、物欲はないし食うには困らないから、
不満はない。

担保に取られているテンポスの株が3年前から上がってきたので、インサイダーにならない期間に少しづつ売って借金の返済に充てている。
それまでは、元金を返せなくて、金利も滞りがち、三井、三菱の行員が、毎月のように入れ替わり立ち代わり、来ては返済を迫っては、謝るだけの俺に嫌味を言っちゃぁ、帰っていった。
返済出来るようになったら、真面目な行員は、半年に一度来るだけになり、嫌味も言わなくなった。
「チャンと返してくれる人だと、分かっていました」なんて言ゃぁがる
俺は覚えているよ「返さない人は、泥棒と同じですよ」って言ったのを。
ただのサラリーマンで、人格者ってわけではないから、思わず口を滑らしただけだろうがね。
その頃に比べれば、まだ家族で10万使わない生活をしてるとはいえ、返しようのない俺に嫌味を言うだけの行員とのやり取りが無くなっただけでも、えらく、安堵して、幸せを感じている今日この頃。
世間じゃクリスマスっていうらしい。
封筒に1000円入れて、新聞屋さんへ、毎日寒い中ご苦労さんとかいて、郵便受けに貼っておいた。
明日は生ゴミの日、彼らは3人で来る。喧嘩になるといけないから、手紙と3000円入れておこう。