どうすればいいんだよ
緊急事態宣言が出た4月の夜、自身が運営する居酒屋の椅子に座り、うなだれながら1人ビールを飲んでいた。やけ酒である。毎日ぐでんぐでんになるまで飲んでは途方に暮れていた。そんな中、ふと外に出るといつもは明るい向かいの店の灯りが付いていない。ハッとした。このままだと街が死んでしまう。「街を元気にしたい」と思い創業した気持ちが甦った。そこで運営していた3店舗の飲食店の内、ホルモン屋をからあげテイクアウト専門店「神のからあげ」に業態転換すると決めた。前を向いた瞬間だった。
からあげの肉は居酒屋で10年来の取引のある老舗「築地 鳥広」の朝〆した国産地鶏を使いたいと思った。鳥広の社長に相談したところ、早速打ち合わせをすることに。しかし、国産鶏で朝〆の肉となると価格もそれなりだ。自分が仕入れたい金額の3割高にはなると予想はついた。だが絶対にここの食材を使わせてもらいたい。しかし、いざ社長と話をしたところ、「これならどう?」と提示してくれた金額は、まさに自分が考えていた価格ピッタリだった。こちらの事情を汲み取ってくれていたのだ。ありがとうございます。何度もお礼を伝えた。「その代わり、カット加工はさせて欲しい。だからカット加工も入れてこの金額でお願いしたい」と社長から言われたが、カット加工は自分たちにとってもありがたいことだ。感謝の気持ちを伝えるとともに、一歩前進したことに安堵した。
オープン直後の苦い経験
居酒屋の店も運営しながら、テイクアウト店のオープン準備を進めていった。求人募集にはお金をかけず、自分のSNSや店頭のポスターで募集したところ、運良く4人を雇うことができた。居酒屋よりもテイクアウト業態の方が人が集まりやすいことを実感する。オープン日は8月16日。業態変更をする前に運営していたホルモン屋の売上は、8坪で月商250万円程だったため、オープン景気で初月は250万円売れたらいいな、300万円売れたら御の字だ、と思いながらオープン当日を迎えた。
オープンは期待以上だった。なんと初月で400万円売れた。自慢の肉は、捌く前に一度、個体のまま半日ねかせているため、捌いている間もドリップが出ず、旨味がギュッとつまった状態で店舗に配送されている。そのため、揚げて噛みしめた時のジュワッと感や旨味が違う。特にむね肉でその違いがあらわれる。パサパサせず美味しく食べられるため、予想外に年配のお客様のリピートが多かった。また作り置きせず、いつも揚げたてが食べられるという点も評価された。
しかし負の遺産もできてしまった。実は最初の数日間はレジの導入が間に合わず、注文は全て手書きで回していた。お客様が殺到していたため、長蛇の行列ができ1時間以上待たせてしまうお客様もだしてしまった。オープンは8月の真夏日だ。行列の中で待つお客様の中にはイライラする人もいたのだろう。ネットの口コミには、「まずい」「最低」そんな低評価を受ける結果となってしまった。事実とは違う謂れのないコメントもあった。混乱しかなかった数日間は大きな勉強となった。
その後、11月に一駅隣に2号店をオープン。筆者が取材したのはオープンから2週間後のことだったが、既に180万円を売り上げていた。店に行くと、11時頃から徐々にお客様が増え始め、「から、から、かっらあげ〜♪」の店の音楽に合わせ、体を揺らしながらお店の様子を伺う親子の姿があった。「神のからあげ」専用の歌を作り、それを店頭で流しているのだ。
―長岡社長
「テイクアウト店は、居酒屋とは違いお客様と接客する時間がとても少ないですよね。では、どうすればいいか。こうしよう、ああしよう、いろいろ思案する中で、音楽も一つのコミュニケーションツールだなと気づいたんです。たまたま知り合いに、マライア・キャリーのバックコーラスをしていた歌い手さんがいたので、こんな音楽を作れないかなと相談しました。すると作れるよと言ってくださって。どうせ歌を作るなら、ドン・キホーテのような、覚えやすい音楽を作りたいなと話したところ、有名な作曲家を連れてきてくださいました。そして今の歌ができました。本当にありがたいなと思います。」
コンセプトに合わせた工夫は他にもある。スタッフが着用している帽子には「からあげ」というバッチが付いているのだ。
「いつもユニフォームを作ってくださる方に、今回もエプロンやTシャツの制作をお願いしました。その中で帽子をかぶろうという話になって。でもただの帽子じゃつまらないから、刺繍をつけようと僕が提案しました。すると、「刺繍をつけるとすごく高くなるから、バッチにしたらどう?」と担当の方が代案を出してくれたんです。すごく良い案だと思いました。僕は凡人ですから、鳥広さんを始め、お付き合いしてくださる企業さんにいつも助けてもらっています。だから、私も含め感謝の気持ちを伝えようとスタッフにはいつも話しています。」
”コロナだから”ではなくお客様のために何が良いかを考える
「“コロナだから”現金をトレーで受け取るのではなく、お客様がお金を受け取りやすくするためにトレーを使う。コロナだから袋の持ち手に触れないようにするのではなく、お客様が持ちやすいように、袋の底を持って商品をお渡しするようにする。“コロナだから”やるのではなく、お客様が喜んでもらえるかという観点で接客することが大事だと思います。飲食の魅力って、「ありがとう」と言ってもらえることに尽きると思うんです。コロナで大変なことはたくさんありますが、「ありがとう」と言ってもらえる、こんな良い職業は他にはないと思っています。」
#取材協力
代表取締役社長 長岡雅也氏
取材店舗:神のからあげ
取材:乙丸