クリスマスキャロル

学生時代、寮のそばに、駄菓子屋がやってるおでん屋。
5坪の店の片隅に、おで鍋を置いて、婆さんと夜間高校へ行ってる女の子が、店を手伝っていた。
月に一回くらい6年間通った。
1串10円、ホルモンは20円
俺は好きなホルモンを食っちゃ、串を鍋に投げ込んで、数をごまかした。
小さな駄菓子屋の婆さんと、夜間高校の女の子。
どんだけ売り上げがあったか知らないが、 「許せるか!馬鹿野郎!篤史!」
テンポスを上場した。赤字のあさくまも上場に向かって、やれるようになって来た。
俺は、田園調布に住んでいる。
頼まれて時には講演をする。
顧客満足、挑戦、人間力、こんなテーマが多い。
偉そうに、おでん屋の串をごまかした俺が、「人間力」なんて言うようになった。
社員に向かっては、顧客満足の前に「真摯」がある。
「真摯」の前に 「正義」がある。
なんて言っても、おでんの串をごまかした事は消えない。
寝覚めの悪い事この上ない。
そうだ、おでん屋へ線香をあげに行こう
静岡の小鹿
48年ぶりだ。街の様子は変わってはいたが、面影は残っていた。
売れ残りの扇風機を置いてある小さな家電屋に聞いた。
「そのおでん屋は、無くなったが、娘さんはこの通りのほら白い車の止まってる前の家だよ」と教えてくれた。
10坪総二階、庭2坪、痩せたパンジーが、二株
ドアをノックしたら、婆さんが出てきた。
おかしいなぁ、婆さんはかれこれ80~90歳のはずなのに、あの時そのままの婆さんだ。
「ごめん下さい、あそこの電気屋で聞いてきたんですが、こちらは50年前に「福田」というおでん屋をやっておられましたか。」
「はいそうです」
「あの頃、店を手伝っていた高校生ですか?」
「はい」
「高校生にしては、随分婆さんになりましたねぇ」などとは言わない。
「お母さん、ソックリですねえ」
「母は12年前になくなりました」
「私は、静大の小鹿寮の学生で、時々こちらにおでんを食べに来ていました。用があって静岡に来たものですから、チョット線香をあげさせていただきたいと思って。」
「どちらからですか」
「東京です」
「そうですか、懐かしいですね、母も喜んでくれると思います。狭いところですがどうそ。」
線香をあげて、香典を納めた。封筒を手にして、
「この中には10万入っています、後で金額を間違えて入れたのかと、余分な心配をかけてもいけませんので、申し上げますが、
実は、学生時代、おでん鍋のホルモンの串を食べては、鍋に投げ込んで数をごまかしていました。
この歳になって、人に法を説くようになると、その事を思い出して恥ずかしさで一杯です。
おばさんに一言詫びを入れたくて参りました。」
「そんなご丁寧に、嬉しいよう」
嬉しいようと言ってくれたその言葉で、長い間の胸のつっかえが、一つ取り除けたような気がした。
自己満足!
若い頃の、過ちの贖罪の行脚は続く。