「社員の定着率の高さが、日本企業の経営の足を引っ張っている」という旨の記事が日本経済新聞に掲載されたことがある。人材を育てるコストや手間を考えれば、できるだけ定着率を高めたいと考えるのは、企業にとっては当然のこと。優良企業の指標の一つとしても、定着率は語られる。それが、なぜ経営の足を引っ張ってしまうのか。
森下社長は、定着率を追い求めすぎるのは、変化の時代を生きる経営者にとって大きなリスクが伴うことを理解するべきだと語る。
定着率は高い方がいいと俺も思うが、それは企業経営にとって最重要な指標ではない。
企業にとって人材は大切だ。だから社員教育に力をかける。勘違いしてはいけないのは、これは学校教育のように義務としてやっているわけではなく、業務として必要だからやっているということ。学校教育は、落ちこぼれを出さないことが前提だが、企業の教育は逆に落ちこぼれが出て当然と考える。平均値の人材を作りたいわけではなく、それぞれの個性を、得意分野を業務に活かしたいのだから。
特に、ベンチャー企業のように、競争が激しい中でスピーディーに成長しようとしている企業ほどそう考えるのではないだろうか。
激しい競争を乗り切るには、社員の成長は不可欠だ。でもやってほしい業務のトレーニングをしてもなかなか育たない人もいる。能力の問題だけでなく、個性の問題も含めて、そういう人は一定数出てくるものだ。競争の激しい分野の業務では、そういう人の成長を辛抱強く待つ余裕はない。
泣きながら人を切る覚悟
成長を待つ余裕のない会社は、人を切る決断を迫られる場合もあるかもしれない。人を切ると言うのは、その人を部署からはずす、業務を変える、リーダーならその役を降りてもらうと言う意味。大きな会社だったら、ほかの事業部に異動させる手もある。競争が激しいかどうかは、事業部ごとでもいろいろ違うし、個性に合う仕事があるかもしれない。
一緒にやってきた仲間を切るのは、つらいことだ。情もわく。しかし、ここで判断を誤ると企業の競争力は失われ、社員全員を路頭に迷わす結果になるかもしれない。
プロ野球は、毎年ドラフトで新人が入ってくる分、戦力外通告をされる選手が出てくる。これはチームの強化のために、リーグで勝つために、必要な新陳代謝だと言える。広島カープの黄金時代を作った古葉監督が、毎年、戦力外通告をする選手を決めるのは、泣きながらの作業だったと語っていたのを聞いたことがある。リーダーは、泣きながら人を切る覚悟を持たなくてはいけないのだ。
ただし、一度切ったからといって、その人にダメ烙印を押してしまわないことは大切だ。力をつけて再チャレンジするチャンスをなくしてはいけない。プロ野球選手だって、戦力外通告を受けた選手が、他球団などで大活躍した例はいくらでもあるのだから。
130人を海に放り出した「やさしい」船長
ある事例を話そうと思う。
赤字が続いていた、社員150人程度の会社の話。この会社の社長は、とても社員にやさしかった。まるでお母さんのように。
親会社の業績も芳しくなく、赤字を補填することはできそうにない。親会社の社長は、なんとか単独でとんとんになるまでやってくれと、彼に言った。しかし、1年半たっても改善の目途は立たない。このままではグループ全体の経営に影響が及びかねないと、親会社はあと3か月で目途が立たなければ清算すると彼に宣告した。
この段階で親会社の社長から俺に相談があって、俺もこの子会社救出作戦に協力することになる。社員のうちの20人を預かって、元の事業とは別にいろんなことをやって、2か月間ぐらいである程度の目途がつきそうなら、残り130人全部引き継ぎましょうということでトライすることにした。
会社の命運を握る20人の選別を、このやさしい子会社の社長がどうやったかというと、行きたい人はいませんかと、社員にお伺いをたてて立候補してもらう形を取った。無理に行かせるのはかわいそうだからと。
自分が沈没寸前の船の船長なんだという危機感がまったくないやり方だよね。俺には、船と船員を守るべき船長の責任を放棄しているとしか思えなかったよ。だから、預かった20人の中にも危機感の全然ない奴もいて、勉強会に出席しない、宿題をやってもこないという、やる気の全くないメンバーが6~7人ほどいた。
このちゃらんぽらんなメンバーには、教えても無駄だと判断し、やる気のある人に変えてくれと子会社の社長に申し出た。ところが、やっとこ選んだメンバーを将棋の駒のように簡単に変えるというのはひどいじゃないかと、やさしい社長は怒るんだな。短い期間で何が何でも目途を立てなきゃいけない非常事態で、そんなことを言ってる場合じゃないだろうと言うと、親会社の社長に聞いてみるとか言って、聞くだけで1週間もかける。
預かったメンバーには、当然今まで経験のないことをトレーニングでやらせる。すると、やさしい社長のところに行って、こんなことやらされてるんですよと愚痴る。お母さんのようにやさしい社長は、なんと、俺に、嫌がる人に無理にやらせるなと言ってきた。
「あんたはタイタニックの船長で、いま沈みかかってる船に乗ってるんだ。こっちは救助隊。沈む寸前の状態の指揮権、決定権は、船長にあるのか、救助隊にあるのか、よく考えて欲しい。ぐじぐじ言ってる船長は、閉じ込めてでも、船員や乗客を救うのが救助隊の使命だ」と怒ったんだけど、それなら、俺をクビにしろとか言ってくる。話が全くかみ合わない。
そんなことやってる間に、日数はどんどん経って、船はどんどん沈んでいく。3週間ほどで、このプロジェクトは解消され、結局、この子会社は解散に追い込まれた。
船に乗っていた人たちを海に投げ出したのは、船長であるお前だと、俺たちは思うんだけど、本人はそう思ってない。俺たちは一生懸命ちゃんとやってたのに、親会社に解散させられた。親会社が悪いなんて言う。
現代の経営者よ、腹をくくれ
一生懸命やったって、結果が出なければ競争社会では生き残れない。飲食店の経営者ならわかると思うが、働き者のまじめな店長でも、売上げが上がらなければ、その店はつぶれてしまう。どんな努力も、それが報われるかどうかは、お客様がそれを評価するかどうかにかかっている。報われなければ、努力の仕方が間違っていたということ。自分が悪いとあきらめるしかないのだ。
変化の時代と言われる現代は、生き残りをかけて戦っている企業や飲食店は多い。この時代を生きる経営者は、言葉は悪いが、人を切って捨てる覚悟を持っていないと、生き残れないと俺は思う。
家賃収入がある会社や、長い取り引きで、今まで通りやっているだけで安定して食っていける会社も世の中にはいっぱいある。そういう会社の社長が、したり顔で「うちの定着率は~」なんて言うから、勘違いしちゃう人が出てくるが、定着率は、経営者の手腕や経営戦略で変わるものではない。会社経営の重要な指標などと考えていると、判断を間違えてしまう恐れがある。人にやさしい経営をはき違えて会社をつぶしてしまったあのお母さん社長のように。
これは個人営業の飲食店でも同じ。朝9時から掃除をすると決めているのに、何度言っても9時10分や15分に出てくる奴がいたら、どうだろう。競争のない安定収入店なら、その人を雇い続けることができるかもしれないが、競争激烈店ではそうはいかないのではないだろうか。
現代の経営者たちよ、やさしさをはき違えるな、定着率の重要性を勘違いするな、そして腹をくくれ!
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