接客はマニュアルにあらず | 知識・技術・話術・経験の4つを磨けばホスピタリティへと進化する

16歳の高校生の時、初めて大阪心斎橋のお好み焼き屋でアルバイトしたにもかかわらず、お客さまから「100万ドルの笑顔」との称号をもらった中尾氏。飲食業は楽しい職場!しかし20歳の時上京すると、なぜか飲食ではなく、不動産会社に就職。11年働いたのち、自らお好み焼き屋を20年経営する。しかしその店も後輩に譲り自らは株式会社ダイナックへ入社。そこでD-1グランプリ、S-1サーバーグランプリで優勝する(2016年)も、そのダイナックも退社して、その後の行方は…

本企画で接客のプロにご登場いただきたいとリサーチした結果、現在はアポロビルサービス株式会社で品質管理と人財開発の責任者として活躍されていた。接客のプロが何故ビルメンテナンス業なのか?中尾和夫氏が考えるホスピタリティの神髄に迫る。

―中尾さんが考える接客とはどういうものでしょうか?

接客とは、信用を勝ち取るためのホスピタリティだと思います。接客のサービスマインドはサービス業のすべての業態に必要なものです。これまでは、お客さまと一番接する機会の多い飲食業に焦点が当たっていましたが、これからはいろんなサービス業で、ビルメンテナンス業においてもホスピタリティマインドがますます必要になってくるでしょう。

接客について、私が常にお話しするのは、「現場の人たちはいつも一生懸命がんばっていらっしゃいます、但し、自分の知っている範囲内で」ということです。サービスには、知っていることと知らないことの2種類しかありません。私がS-1サーバーグランプリで優勝する(2016年)ことができたのも、いろんな経験をさせていただいたおかげで知っていることがたくさんあったからです。

―中尾さんは、高校生の時、大阪心斎橋のお好み焼き屋さんでアルバイトをした時に、“100万ドルの笑顔”との称号を得た、とお聞きしました。中尾さんの接客は天性のもので、万人に当てはまるものではないのでは?

いえ、それは特殊な力でも何でもありません。確かに、有頂天になってアルバイトをしながら、飲食業ってめちゃめちゃ楽しいなと思い、それが今に至るのですけれども。

笑顔が苦手だから僕は接客には向かない、そうじゃありません。まず、あなたには表情があるでしょ。笑顔の元になる表情をまずしっかりと作りましょう。それから相手と話をするときは眼を観て話しましょう。挨拶するときは、自分から大きな声で挨拶しましょう。私は、そういう基本的なことを周りの人々、先輩たちに教えて頂きました。それから私は、あの人の表情いいな、と思ったらインプットして自分のものとしてアウトプットしていきました。

―さすがに何も知らない人が「はい、接客しなさい」って言われて出来るものではないですよね。

接客=作業と考えれば、マニュアル通りにやれば接客になるのです。しかし、知識、技術、話術、経験という4つが加わらないとホスピタリティにはならないと私は考えています。

―そこをもう少し詳しくお願いします。

外食の知識とは、店のメニューの説明などです。「この料理は何を使っているのですか?」「このお茶はどこ産のお茶ですか?」即答できますか?ただ、お客さまの質問は店の商品だけではありません。「近くのコンビニに行きたいのだけど、どこにありますか?」えーっと、ではなくて、「出られて右に歩いて100メートルのところにコンビニエンスストアがございます」って即答できるような知識。

技術と言うのは、料理を提供するときに音を立てないで出す、出すだけでなく余韻として料理をお客さまのほうへスッと押し出す、そうすればおもてなしの心が伝わる、という技術。

話術とは、喋りが上手いとか、声が通るとか、見た目が良い悪いとかは一切関係ありません。相手にいかに伝えるか。要するに伝わるように伝えることです。「あいつには伝えたんだけど、なんでやらないんだろうな」って。そうじゃないんです、伝わってないんです。話術は接客のなかでもいちばん大切だと思います。

経験に関しては、ずばり現場での経験そのもの。経験が無ければロールプレイングする。どんどんロープレして積み上げて、それを現場に持っていく。もちろん入って1ヵ月の人と10年の人とでは経験が違います。追いつくことはできないかもしれませんが、ため込むことは出来ます。ロープレしながらどんどん自分の中にインプットしていけば、必ずおもてなしが出来るようになります。

―飲食にもいろんな業態、業種があります。特別な日のためのフレンチレストランもあれば、サラリーマンの憩いの場、居酒屋もある。それぞれに別々のホスピタリティがあると考えるべきでしょうか?

全く共通です。知識、技術、話術、経験。それぞれをカスタマイズするだけの違いです。客単価2000円の居酒屋で「いらっしゃいませ」って椅子を引いてあげれば、「あ、ここはいい店だな」となるじゃないですか。では、客単価1万円のフレンチレストランで「へい、らっしゃい」となれば、「え、なに?」ってなりますよね。ということは、接客はTPOに合わせて行うということです。まずはご自分でカスタマイズしていけば良いと思います。

―そのすべての根底にあるホスピタリティ。これをもう少しわかりやすく説明していただけますでしょうか?

接客をホスピタリティへと持っていくためには、どこで自信の沸点を持ってくるか、ということでしょうね。半信半疑でやっていれば、お客さまには自信のなさが必ず伝わります。逆に、知識も技術も話術もないのに自信だけで接すると「なんだ、若造がテンパってなんかやってるな」って感じでしょうか。年端いってるのに礼儀知らずだな、みたいのもありますよね。

そこで私、中尾の中心にあるのは笑顔と礼儀、礼節です。この基軸だけは絶対ブレないようにしています。私は若い子を呼ぶときには “さん”付けで呼びますし、役付の人には“~係長”、“~課長”とお呼びします。

相手の表情を見て、そこにどうフォローするかがホスピタリティなんです。お客さまが嫌な顔をされたら別の話を振って、そこから枝付けして話を着地させる。迎合する必要なんて無いです、よいしょする必要もありません。お客さまの顔、表情、しぐさを見て、満足されているか、お客さまの波長、周波数をキャッチして、それに対していかに素早く対処できるかに接客の良し悪しが現れます。

―不動産の場合、一人のお客さまで何千万円という契約を頂ける、その代わり時間がかかる。一方で、飲食店の場合は一人千円を何百人というお客さまから頂くわけですから、お客さまの顔を覚えるのも現実難しい。そのお客さまにも常連さんもいれば一元のお客さまもいる。すべての人に同じレベルのサービスを提供すべきなのでしょうか?

全く反対です。すべての人に同じサービスをすることは私にとってはアウトなのです。毎日食べに来てくれるお客さまのなかには、話しかけないでオーラを発している人もいる。そんな人に常連さんと同じテンションでやったらもう店に来なくなっちゃいますよ。だから波長なんです。お客さまの顔、表情、しぐさすべてを事細かに観察したうえで、私たちは黒子でいられるか、執事になれるか。そのうえで、心配りや気配り。あと手配り、口配り、見配り、いろんなものを配ってアテンドするのです。かといって、よく来られるお客さまだけの相手をして、たまにしか来ないお客さまはほったらかしではいけません。毎日来られるお客さまも未来永劫に来て下さるわけではないからです。お客さまに合った、波長に合わせたホスピタリティを行ってください。

―はじめて来店された方への接客で特に気をつけることはありますか?

それも波長だと思います。いかに短い時間で波長を合わせられるかです。お客さまが何を求めてらっしゃるかをまず、ピンポイントで合わせます。そのときは仮説として合わせるんです。100%当たることは無いです。でも、お客さまが求めてらっしゃることにこちらは合わせていく。これがお客さまにとっては当たり前の満足なんです。でもそこから感動を産むにはプラスアルファを積まなければならないのです。そこにはホスピタリティが必要なのです。気が利くね、をどれだけアウトプットできるか、魅せるという部分もあるわけです。

―仮説が感動になっていくには、具体的にどういうプロセスを経ていくのでしょうか?

それには、すべてをしっかり観る、ということです。あと、聴くってことです。たとえば食事されていて、お箸が落ちた瞬間に「あたらしいお箸をお持ちします」って声をかけてあげる。グラスを傾けた時の音、カランカランの音がしたら「お替りお持ちしましょうか」と声をかけてあげる。

ビルメンテナンス業も一緒だと思います。清掃していると、後ろから人が来ている気配を感じます。気配を感じたときに先回りして「失礼しました、どうぞ」と声をかけて入居者をお通しします。

みんな同じだと思います。これをテクニックだけで済ませるのが、僕は嫌なんです。テクニックで済ませると、「そんなことも出来ないのか」と上司から叱られると思います。でも、それではいつまでたってもホスピタリティには行きつかないでしょう。

―では、テクニックをホスピタリティへと高めるには何が必要ですか?

それは、上の人がどう伝えるかでしょうね。教える側の問題です。やっていることは一緒です。感じていることも一緒です。違うのは話術。相手にどう伝えるかの違いでしょうね。

―どう伝えると、ホスピタリティとして伝わるのでしょうか?

それは、本当に心を込めて、邪心ではなくて、その人のことを思って伝えているか、ということです。サービスって『いつでも・どこでも・誰にでも』って考えだと思います。ホスピタリティとは『この時・この場・この人だけに』ってことだと思います。おもてなしとはさらにホスピタリティのひとつ上なのす。『この人がいなくても』ってことですね。その人が見ていないところで、気づかないところで心を込めて何をするか、これがおもてなしです。言われたからやるのか、自分から率先してやるのか、チームとしてやるのか、やり方は色々あります。しかし私は、率先して自分からやりたいと思います。そこに役職とか肩書とかは関係ありません。

―もし、チームとしておもてなしができれば、そのお店はどうなりますか?

私は、おもてなしができているお店に入った瞬間に、「おおっ、このお店はスゴイな」と感じます。お店の中が活気に溢れていて、みんな笑顔で風通しがよくってコミュニケーションが取れている店は、間違いなく上司から「やれよ、やってないじゃないか」と言われたから接客をやっているのではなく、スタッフが率先してやっています。そんな店は外からみても、なにかオーラのようなものを感じるんですよ。

―中尾さんは、特定の店だけでなく、清掃を通してより多くの飲食店のホスピタリティに磨きをかけようとしているのですね。ますますスケールアップしていく中尾さんに今後も注目したいと思います。

アポロビルサービス株式会社 専務取締役 諸岡威之 アポロビルサービス株式会社 専務取締役 諸岡威之。ビルメンテナンス業には、人と話すのが苦手な人がいらっしゃいます。かと言って、入居者の方が歩いてくると、立ち止まって「こんにちは」と言う「ストップ&アクション」もできていませんでした。現在、中尾を中心に、みんなで実行するホスピタリティに溢れるビルメンテナンス会社を目指しています。我々は中尾和夫というすごい武器を手に入れたと実感しているんです。

取材協力:アポロビルサービス株式会社

東京都練馬区高野台 2-5-11

電話 03-5923-7231

記者:スマイラー特派員
谷口光児(テンポス広報部)