飲食店経営で、つまづく人と成功する人の違いは、どんなタイミングであらわれてくるのでしょうか?オープンから2店舗、3店舗を展開していくときに、どんな落とし穴に気を付ければいいのかお伝えします。
ビジネスアスリート 森下篤史
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『繁盛店の作り方』みたいな本やセミナーに妙にありがたがる経営者がいるだろ?
俺に言わせりゃ、そんな安易なノウハウとか、セオリーなんて、あるはずがないんだよ。その店が、なぜ繁盛したかなんて、永遠に分からないんだから。だって、それが分かったら、次の店をやるときにも、同じことをやればいいんだろ? だけど、次の店では競争相手は変わるし、店に来る消費者も変わる。立地も変わる。以前と同じことをやったって、繁盛するわけがない。
この店は、こうして劇的に良くなったなんて話も、たいていは嘘っぱちだ。経営とか、商売なんて、何か一つのことをやって劇的に良くなるようなそんな甘いもんじゃない。額に汗して、コツコツ、コツコツとやって、やっと少しずつ売上が増えてくる。そのときまでには、なぜ売上が増えたのか分からないくらい、いろんな手を打ってるはずなんだ。だから、こうしたら劇的に良くなるなんてことは無いと思ったほうがいい。
ただ、逆のことは言えるんだよ。ダメになる店には、セオリーがあるな。もうセオリー通りに、劇的にダメになる店が多い。そういう店が、なぜダメになるのかは、知っておかないといけないな。
普通の努力しかしない人間はナマケモノ
ダメな店の経営者は、簡単に言うとナマケモノなんだ。何の努力もしない本物のナマケモノは論外だよ。俺が言うナマケモノっていうのは、普通の努力しかしない人間。普通に努力してれば稼げると勘違いしてる人間を、ひっくるめてナマケモノと言うんだ。
しかも、ナマケモノほど、「自分は努力している」とよく言うんだよ。そのくせ、自分の店でやってる努力を、近隣の競争店と比べようとしない人が大部分。店の接客をいくら良くしたって、近隣の競争店のほうが接客が良かったら、あなたの言ってる努力なんて、何の意味もないよ。あなたが「努力しました」「店の接客を良くしました」っていうのは、ただの一人よがりで。そんな努力で、お客様が増えるわけがない。当たり前のことだよ。
これに対して、「いやいや、当店では、去年よりも串を1割も増量した」とか、別のナマケモノは弁解するかもしれない。じゃあ、ほかの店が2割、増量してたら、どうするんだ? 客はちっとも喜ばないし、そんな店に客が来るわけないという話だよ。
あなたの努力が見当違いにならないためには?
だから、俺たちのやってる商売の大原則は、「あなたがやってる努力は、近隣の店と比べて、ちょっとは勝ってるんですか?」というのを、きちんと測定することから始まるんだよ。ここの測定をしないもんだから、努力がムダになるし、見当違いになる。
測定のためには、覆面調査という手もあるし、もちろん、自分で食いに行ってもいい。家族に食べに行かせてもいい。いずれにしても、自分の店は、近隣の店と比べて勝っているかどうか、努力の方向が間違ってるか、間違ってないかを見極めないといかん。
そして、次に、何をするか。今度は、自分の店が儲かるか、儲からないかを測定することだ。客なんか、いくらたくさん来ても、赤字になってる店もある。いくら努力したって、赤字を垂れ流してる店になったら、何の意味もないだろ。だから、測定すべきなのは、2つだ。
①あなたの店は、他店と比べて、ちょっとは勝ってるんですか。バリューはありますか
②財務的に、あなたの店は効率的な経営になっていますか
この2つ。財務はあまり難しく考えなくていい。例えば、人件費、家賃などの経費と全体の粗利を比べて、パーセンテージを出してみれくれ。だけどここで注意しないといけないのは、人件費率、粗利率だけを見て、高い、低いと判断しないことだ。おバカな経営者は人件費率を下げたり、原価率を下げたりして、利益率を上げることばかり考えることが多い。しかし率の問題じゃないんだよ。利益率が上がっても、他社と比べて、バリューが落ちるようでは何の意味もない。これは財務を見るときの落とし穴だ。いかに他社に勝っているか、いかに儲かるか、両方を追求しないとダメだ。
いつまでに閉店するか期限を決めて腹を括る
ムダな努力をしないためには、いつ店を閉めるかの期限を決めるというのも大事な心得だ。今の資金で、あと何とか3年は赤字でも持つなと思ったら、3年間は続けると決めて、その間は、寝ずに頑張ればいい。
3年間やってもできなかったら、俺の力量ではこの店は無理だったと、きっぱり諦める。諦められるくらい、自分を納得させるくらい、徹底して頑張ればいいだけのことだ。
もし努力して何とか利益が出るようになった、儲けられるようになった時は要注意だ。7〜8割の経営者は困ったことに、ここでナマケモノになっちゃうんだよ。儲かり始めて3年もたたないうちに努力をしなくなってしまう。まず、店に出るのが遅くなり、店長任せになる。その上、資金もできてないのに、次の店の物件を見に行ったりする。物件を見ていると何だか、仕事っぽく見えるしな。あとは、経営者仲間とゴルフに行ったり、飯を食いに行ったりして、ステイタスクラブに入りたがるやつもいる。これが転落の第一歩だ。もう1つ、自分では努力をしてるつもりで、セミナーに行くやつもいるな。経営者が、セミナーに行ったり、資金もないのに、物件を見に行ったりするようになったら、その店はたちまちダメになるね。そりゃ、そうだろ? まだ1店舗や2店舗くらいの人が、セミナーに行ったってダメに決まってるよ。勉強なら、セミナーに行かずとも現場ですることが、山ほどあるんだから。
こうして8割がダメになっていく中で、ごく一部の人が、遠い夢を見て、さらに努力するんだな。3店舗出す、5店舗出す、10店舗出すという夢を見て、金を500万円、800万円と貯めて、次の店を作る。そういう努力ができる人間が、最終的に成功するんだ。
セールスは正しいことを伝えることではない
俺は、若い頃、努力をしたかって? そりゃあ、したに決まってるよ。だけど最初から、うまくいったわけじゃない。全然、ダメだった。営業マンになって半年間は、何一つ、売れなかった。まったく売れないから、ホントに努力につぐ努力だよ。早寝早起き、長時間労働の繰り返し。最後は、もう思いあまって、日本全国にいるトップセールスマンと呼ばれる有名人に、片っ端から電話をかけて、カバン持ちをさせてもらった。会社には休日をもらって、その休日を利用して、セールスの名人に現場に連れて行ってもらう。付いて行くと、「これか!」と何かが分かるよね。でも、分かったからって、自分ができるわけじゃない。セールスってのは、正確に伝えることじゃないんだ。熱情を持って、思いを伝えて、納得してもらう。それが非常に難しいんだ。頭はいいけど、仕事のできないやつは何歳になっても、正確に事実を伝えようとするんだよね。お客は、知的好奇心を満足したくて、話を聞いているわけじゃないから、「言いたいことは分かった。お前の言うことは事実だな。気分が悪いから、帰れ!」と、こう言われちゃう。
俺は、営業の名人に付いて回って、人間っていかに言っていることが信用できないものなのかを体得したよ。朝一番で、手土産を持って先方に行って、ひたすら土下座する人もいた。「今月は、私としては珍しく、営業成績が苦しい」ということだけ相手に言って、手土産を渡す。相手の親父さんは、「春になったら買うと言ったじゃないか。いまは10月だから、買えないよ!」と言い捨てて、店頭の仕事をしに行っちゃう。主人が行っちゃうと、名人は、ぱっと土下座するんだ。俺も、土下座しろって言われて、同じようにするんだけれども、まだ若くてバカだから、キョロキョロしてたら「動くんじゃない!」とか言われてね。
親父さんは、戻ってくると、「やめてくれよ。そんな見え透いたことは。俺がかっこ悪いじゃないか」と言う。そこで、こっちも、椅子に座り直す。「あんたの売上が苦しいなんて、俺には関係ないからね」。こう言って、親父さんがまた店先に行っちゃうと、名人はぱっと土下座する。それを繰り返して、最後には、「分かった。契約だけはするから」って話になっちゃった。「買わないよ」「関係ない」と言ってた人が、「契約だけはするから」に変わっちゃう。若い俺はびっくりした。俺は、製品の使用前、使用後みたいな詳細な資料を作って、持っていたんだけど、そんなもの何も役にたたなかった。事実や言葉なんか、どうでもいいんだよ。相手が納得するかどうかなんだから。
俺は、金沢の人、名古屋の人、静岡の人、宇都宮の人と、結果的に4人の名人のカバン持ちをしたけど、この22〜23歳のときに、現場で名人がやることを見て「これか!」と思ったことが、何とか自分でもできると確信できたのは、50歳を過ぎてからだった。それまでは、ひたすら練習、努力、試行錯誤だ。それを繰り返すうちに、人を納得させるためには、どういう状況で、どういう順番で何を説明すればいいのかが、ようやく少しずつ分かって来た。それぐらい、営業は難しいんだ。
経営だって同じように難しい。俺は今回、ステーキの「あさくま」を上場させるめどが立ったところで、ようやく自分も、経営者として実力があるんじゃないかと思えるようになってきた。だいたい3つくらい、会社を上場させたら、経営者は、自分に実力があると思っていいんじゃないかな。1つ目の上場は、だいたいまぐれだよ。2つ目になると、まぐれじゃないかも知れないが、まだ、まぐれかも知れないという疑いが残る。3つやれば、力があるんだと思っていい。
飲食店の経営で言うなら、やっぱり最低でも、3店舗は出してそれぞれに儲けを出せる形まで育て上げないと、一人前の経営者とは言えないだろうな。1店舗で儲かったってまぐれの場合が多い。2店舗、3店舗やって儲かる店をつくり、競争店に勝つために、コツコツと、汗をかいて、人に抜きんでた努力をすることで一人前の経営者に近づく。
Smiler vol.19 森下篤史の店長教育