山形県鶴岡市のロードサイドに、地元客はもちろん国内や海外からも食通が訪れるイタリアンレストランがある。「アル・ケッチァーノ」だ。シェフは、地産地消の第一人者であり、2016年にイタリア・ミラノで開催された野菜料理の国際大会「THE VEGETARIAN CHANCE」にて世界3位の実績を持つ奥田政行氏だ。今回「野菜」をキーワードに経営ノウハウを語って頂いた。
目次
「うまい野菜」は畑が教えてくれる
美味しい野菜が育つ良い畑か、悪い畑の見分け方にはポイントがあると話す。
「まずは土を見て、マメ科の雑草が生えていれば、ざっくり言えば畑作に向いています。もしイネ科の雑草ならお米を作る稲作に向いている土という事ですし、木苺等のベリー類を作るのにも向いています。次は植物が風で揺れる動きを見てください。(奥田氏が両手を広げゆらゆらと動かしながら)植物が、ふわふわと風に揺れていれば良い畑です。風通しが良い畑は、適度に風が作物に当たることで、作物の成長ホルモンを刺激し、おいしい野菜が育つんです。これを「風の通り道」と言います。最後に大きく息を吸ってみてください。そこで、つまらず息が吸えたら空気が良い状態だということ。そこにいる植物がちゃんと酸素を出している、生態系が整っている畑だということが分かります。」
野菜が好む土・水・光・大気までを理解する
「良い野菜を仕入れたい」と思うなら、野菜そのものだけでなく、地球を構成する要素の土、水、光(日照)、大気(気候・月)まで勉強することが大切だと話す。
「同じ小松菜でも、育つ自然環境によって味は変わりますよね。乾燥している土地や、虫が多い土地は、小松菜は防御反応で苦くなりますが、湿度が高い土地なら甘くなります。畑に立った時に、後ろの山を見て、その山が落葉樹林(冬に枯れて葉を落とす木)なら、葉が落ちて腐葉土になるので、野菜が元気に育つカリウムが豊富な土だということ、カリウムが豊富なら根菜が美味しいだろうな、ということも分かります。つまり、野菜そのものの特性や栽培方法を学ぶだけでなく、地球の生態系がどのように循環しているのか、土や水、風、日照、気候のことを学ぶことで、その土地でどんな野菜を手に入れれば良いかが分かってくるのです。つまり野菜には一番おいしく育つ『適地適作』があるということです。」
生産者と良い人間関係を築くには
「アル・ケッチァーノ」をオープンした当初は、1軒1軒農家を訪ね直接交渉し、仕入れ先を開拓していた。ちなみに、生産者を訪問する際は必ず行っていたことがある。
「歌手の槇原さんの歌に出てくる『鏡の前笑ってみる』の歌詞を聴きながら鏡の前で笑うんです。笑う人には警戒心をもたないでしょう? だから、意識して笑顔をつくるんですよ。」
当時は、農家と飲食店の直接取引はタブーとされており、仕入れは農協を通すことが当たり前の時代だった。そこで奥田氏が行ったのは物々交換だ。レストランには肉や野菜、いろんな食材が集まる。そこで、日本酒が好きな人には日本酒を、収穫の忙しい時期には、ブリのアラを「ブリ大根」などの料理にして渡すと喜ばれたという。
なぜ、山形県庄内地方は「食の都」と呼ばれるのか
山形県庄内地方は全国的にも「在来野菜」が豊富な地域で、日本で唯一「ユネスコ食文化 創造都市」に認定されている。庄内農家の教えは、①自分の家だけの種を持つ、②自分の家だけの生産方法を確立する、③自分の家だけの土を子孫に残す、である。そのため、在来野菜は種が絶滅しているものが多い中、庄内地方では自分の畑で育てたタネを大切に保存してきた家が多いのだ。また、在来野菜は、農薬が普及する前の江戸時代から栽培され始めた野菜と言われており、そのため農薬がなくても自然環境に順応し生き残った野菜である。その地域でしか採れない野菜ということから「生きた文化財」とも言われている。
自分の店だけの必殺技を作る
在来野菜は、市場で売るために品質改良された市場野菜とは違い、味にクセがある。良く言えば個性が強い。しかし奥田氏は、野菜の苦みや青臭さ等の個性を殺すのではなくどう活かすかを考えた。そのためには、野菜が育った風土を理解する、そのうえで、どんな熱を加えると良いか、水なら茹でる、油ならフリットか等を考えると、調理法の真の部分が見えてきた。また庄内地方は魚も豊富だ。在来野菜の特性を理解したうえで、魚と組み合わせることで、在来野菜の“クセ”が美味しいに変わった。魚しか生み出せない旨味と、野菜しか生み出せない旨味を合わせることで、互いに足りない旨味が補いあうことで、味の数が多くなる。するとソース等の味の追加の必要が無くなってくる。そのため「アル・ケッチァーノ」ではソースを使わない、極限までにシンプルな料理がほとんどだ。市場野菜では表現できない唯一無二の独創的な料理であり、店が市場競争で生き残るための強力な武器となっている。
コース構成の考え方
前述したように奥田氏が作る料理は、地場で適地適作で作られた食材を使い、食材の個性を活かしたシンプルな料理がほとんどだ。しかしどれもシンプルなものばかりでは飽きられてしまう。そこで、コース料理では13皿程度と品数を多くし、なおかつ前半で盛り上げる料理、パスタ料理、メイン料理の3回の山場を作っている。そしてメインが決まったら、「しみじみとした味」「ホッとする味」「ハッとする味」等、コースのどこに配置するかを決めていく。なお、料理は一皿一皿完結させるのではなく、揚げ物の料理を出した後は、口の中に揚げ物の余韻があるうちに、次の皿では酸味の際立つ料理を提供することで、コース料理を楽しんでもらえるようにしている。
いかに6回食べてもらえるか
21年間飲食店を経営していると、常連客は3年で入れ替わり、新規客を獲得できていなければ、お客様は10年で、まるっきりいなくなるということが分かってきた。その中でも新規客を常連客にする考え方について伺うと、
「人は、6回舌にのせれば常習する癖があります。そのため、どうすれば6回食べに来てくださるかを考え、フェアを開催したり、新しいことをやってお店に来てもらう工夫をするんです。また、私の店はお子様連れもOKにしています。子供って小学4年生までに食べた味は忘れないんですよね。つまり、10年後に戻ってきてくれる未来のお客様なんです。客単価の高いお店だと、中学生以下のお客様をお断りする考えもありますが、それは非常にもったいないと思います。お子様が泣いてしまったときは、いったん席を外してもらうよう、事前にきちんとお伝えすれば、トラブルを避けることはできるのですから」。
何ができるかではなく「何をするか」
奥田氏は31歳で「アル・ケッチァーノ」をオープンした。当時は実家の問題もあり、お金がなく、なんとか貯めた150万円で店を開業している。厨房機器は居抜き物件で残っていたものを使い、皿は100円ショップのものを使っていたが、ウェルカムプレートは5,000円のものを置くなど、予算を抑えながらも安っぽくならない工夫をした。壁に飾る絵は、近くの本屋で買ってきた画集を切り抜き、高価な額縁に入れて飾った。するとお客様は「良い絵だね」と感心してくれた。
こんな話もある。ワインのラストオーダーは20:30にした。なぜなら注文が入ったら、近くの酒店が閉まる21時までに買いに行けるからだ。経営が苦しい時期はワインの在庫を持たずにしのいだ。また、仕入れる食材がないときは、山に行き山菜や野草をとり調理した。これが在来野菜を使った地場レストランの原点にも繋がっている。
つまり、少ない予算、少ない売上の中で、資金がないからと諦めるのではなく、常識を疑い、今なら何をすべきかを考え行動し困難を打破することで、押しも押されもせぬ繁盛店へと成長を遂げていった。何があっても何がなくても、生き残るための知恵の料理が大切なのだ。
現在も、奥田氏はプロデュース店舗の出店など、様々なチャレンジを続けている。今期も何店舗か出店を控えているのだが、プロデュース店舗を出店する理由は、スタッフのキャリアアップの機会の提供と、庄内の食材の魅力を広げるためという強い軸があるからだ。今もこれからもそれが変わることはない。
取材協力
店名:アル・ケッチァーノ
山形県鶴岡市山添一里塚83
株式会社オール・ケッチァーノ
オーナーシェフ 奥田政行氏
その他
【直営店】ヤマガタ サンダンデロ 東京都中央区銀座1-5-10
【運営店】ラ・ソラシド 東京都墨田区押上1-1-2 東京スカイツリータウンソラマチ31F
記者:スマイラー特派員
乙丸千夏(テンポス広報部)