お客さまに真剣に向き合うレストラン「カシータ」の山田社長に聞く|お客さまが涙する、本物の接客!

初めて友達に連れてもらったカシータ。クロークに預けたコートを受け取って店の外へ出た。しばらく歩いているとなぜかコートが温かい。内ポケットに手を突っ込むと小さなカイロがさりげなく入っていた。しかもカイロといっしょに小さなメッセージカードが添えられている。それを読んだ時、自然と目から涙がこぼれた。これは実際にカシータを体験した人の話です。

やろうと思えばどの飲食店でも出来ることかもしれない。では、なぜ多くの飲食店はやらないのだろう?接客で人生を変えてしまうレストラン、カシータの秘密を山田社長に伺った。

―カシータの接客とは、全く異次元の世界なのでしょうか?

どこも一緒だと思います。カシータは創業時から、自分たちが表現したいことは「人がやられてうれしかったことはやる」「されていやなことはしない」というのが基本スタンスです。これは、日本中のどのお店でもトップの方が言われることではないでしょうか。

たとえば、昔、私がホテルで働いていた時のことです。私は宴会場の入り口に立って案内を担当していました。目の前にいる子どもと遊んであげたり、困っているおばあさんをトイレまで案内してあげたりしたのです。ホテルでは必ず叱られました。なぜ、勝手に持ち場を離れたんだ!って。でも、カシータでは叱られません。でも、ホテルの上の方もこう言っていると思うのです。「お客さまが喜ぶことをしましょう」って。同じことをしても褒められる職場と叱られる職場があるのです。

―それは、高橋会長がカシータを創業するきっかけとなった、アマンリゾーツ(注1)での素晴らしい体験、それをレストランで実現したい、というのが基本になっているのでしょうか?

そうですね。私は、カシータを創業する一年前に高橋と知り合って一号店の店長になったのですが、オープンする前にアマンに連れて行ってもらいました。素晴らし過ぎて、真似したくても出来ないハードでしたが、私は特にソフトの部分、フレッシュ&フレンドリーを大切にしたいと思いました。どのスタッフも偉そうでなく、いつもにこにこしていて、何を頼んでもYESと言ってくれる。これだけの高級リゾートホテルなのに、本当にフレンドリーなスタッフの振る舞いに心底驚きました。

―フレッシュ&フレンドリーとは何ですか?

そうですね、人間味があるということですかね。カシータの接客の特徴を一言で言えば“あまり仕事をしない”ということです。仕事として接客すると、お客さまも仕事として接客されている感が伝わってしまいます。仕事だと考えないで、自分にとって大切な人に対して「あれもこれもやってあげれば喜んでくれるかもしれない。」と考えませんか?他の店だったらやらないことをカシータではやっている、そういう話だと思うのです。

―カシータがやられている接客は運営上出来ない、という店は多いと思うのです。そこまでお客さまのことを考えて準備、実行する余裕が無いからだと思います。客単価1500円の店と15000円の店とでは接客も変わらざるを得ないのではないでしょうか?

そんなことはないと思います。高単価なお店でなくても、金額ではなく一言のお声がけだったり、ちょっと気持ちを伝えることだったり、金額など関係なしに出来ることはたくさんあると思います。以前、私たちがやっていた一杯300円のカフェでもたくさんのドラマがありました。

しかし、そう言われても「でも…」って必ず出てくると思うのです。そんなに人員に余裕がないとか、利益が出ない…とか。でも、言い訳しないでカシータは常に考えてきました。真剣に考えるといろんなことが出来ると思います。

―同じように、最近、飲食店の人たちはすぐに「~なのは、コロナだから」と言われます。でも、よく考えてみると今起きている現象の多くはコロナの前からもあったのではないでしょうか?

創業時の話ですが、振り返ると最初の3か月、ほぼお客さまはいらっしゃいませんでした。それって今のコロナと同じ状況ですよね。その時、私は何をしていたかと言うと、ずっと外でビラ配りをしていました。毎日1000枚、2000枚と配りましたがお客さまはやってきません。そうこうしているうちに、私の携帯にオーナーの高橋から電話が入ります。「今日どう?」と聞かれて、「今まだ、お客さまは3組だけです。」と答えました。

30組100名くらい入るレストランにお客さまが3組です。もちろんガラガラです。すると高橋が「3組と言うことは10分の1だ。だったら、この3組のお客さまは10倍ハッピーになって帰ってもらえるってことだよね。」と言われたのです。

次の日から、広告や、ビラを配ったりしていたのを全てストップしました。その代わりに、本気でお客さまに10倍喜んでいただこうと考えました。スタッフとお昼の12時から夕方5時まで、毎日5時間ミーティングしました。今日のお客さまは2回目のご来店だ。好きな料理は?お酒は?食材はあるか?ない、すぐに買いに行けーってな具合です。

不特定多数の未だ見ぬお客さまのために行動するのではなく、目の前のきちんと見えているお客さまに喜んでいただけることに全力を尽くす。本気でそう決めても、舵を切るのは本当に勇気がいると思います。でも、振り切っちゃうと、意外と早く結果になって現れるものです。カシータは3か月後には毎日満席になりました。これが私の一番の成功体験です。目の前のお客さまに一生懸命になると、本当にお客さまがお客さまを呼んできてくださいます。その代わりに、今までの10倍汗をかく覚悟も必要です。

―コロナで時代が変わり、飲食店の在り方も今までと違ったやり方でないと生き残れないとも言われています。その一方で、いいものも含めてすべてダメみたいな風潮をどう思われますか?

私は、それはある部分一過性のものだって思います。アフターコロナを否定するものではありませんが、そもそもなぜお客さまは飲食店にわざわざ食べに来て下さるのか、ということですね。そこに立ち返ると、すべてを遮断していくのはおかしなことだと思うのです。でも、安全、安心に気をつけなくても良いというわけではないです。そこの匙加減をとっても上手にやることがこれから求められると思います。何も考えず、気にしないでえい、やーってやる店がある一方で、完全にお客さまと接触しないで、マスクをしていても接客しませんって、配膳はロボットがやったりすると、家でごはん食べた方がいいよね、ってなりますよね。どこで着地するか、センスの良いお店が残っていくと思います。お客さまもそこを望まれていると思います。お客さまはどのあたりがいちばん居心地いいと思われるのか、いろんな角度から見ていかないといけないですね。

―センスという話が出ましたが、カシータではセンスのある人を採用しているのか、それとも入社後にセンスを磨く教育制度があるのか、どちらでしょうか?

それは明らかに後者でしょうね。そもそもカシータには採用基準はありません。私が面接するときの基準は、この人と話していて楽しいかどうかです。それは、お客さまがそう感じるわけですから。笑顔が出るといいし、会話の間が良い人っていいですよね。

私は人は変われる、と思っています。カシータで働くとどんどん変わっていきます。そこが飲食をやっててすごく楽しいところで、出来るだけ早いタイミングでそういう雰囲気を作っておけば、笑顔を作りにくかった人もどんどん笑顔になっていくと思います。笑顔の組織を作るまでが大変なのですが。

―ドンペリの始末書(注2)など、他の飲食店では考えられないことはカシータ独自の教育だったのですか?

今は20年経ってある程度バランスが取れてきましたが、高橋がこのレストランに込めた想いは、少し大げさなくらいのことで示していかないとスタッフには伝わらなかったのです。創業から5年、10年はミーティングで高橋が数字の話なんてしたことはなかったです。数字のこと経営のことはこっちが考えるから、お前たちはお客さまの顔色だけを見ておけ~って感じでやってました。

でも、飲食の経験者がカシータに入ってくると、ここまでやったらコスト行っちゃうんじゃないかな、普通だったら叱られるんじゃないかなって考えてくれちゃうんです。そういった考えを崩すためにも、カシータでは強いコンセプトを作りました。お客様のためにいいと思ったことは何でもして良いと。逆にしないと叱られる。それくらい言われたスタッフたちは、ああ、そこまでやっちゃっていいんだって、初めて理解できるのではないでしょうか。

―接客って、疑心暗鬼でやっていると、お客さまに伝わりますよね?だから、そこらあたりはもう振り切ってやっちゃっていいんだよ、ってことですね?お客さまは素直に喜んでいただけますか?

そうですね、お客さまにはプロもアマチュアもないのですよ。でもレストラン側にはプロとアマが混在しているのです。自分がお客になれば、プロとアマの違いなんて全部見えてしまいます。でも働いていると分からない。たぶん、これくらいやっておけばお客は分からないだろうな、ってつい思っちゃうんでしょう。これくらいの表情で接客していてもお客は分からないだろう。クレームも言ってこないし、大丈夫だろうと。でも自分が客になったらどんな人でも全部見えますよ。うわあ、つまらなさそうに仕事しているな~とか。なんか、あの人楽しくなさそうだな~とか。今、お願いしたこと、あの人嫌々受けてたな~とか。そういうのって、お客さまの立場で見たら簡単に分かることなのに、働いていると分からないのです。

―それはどうしてなのでしょうか?

すべての業種、仕事全般に共通することですが「お客さまの気持ちになれるかどうか」だと思います。しかし、それは口で言うのは簡単ですが、働く側からお客さまの気持ちになるのは本当に難しい。これって「慣れ」なんでしょうね。我々のクレドには、お金を頂くことに慣れるな、って書いてあります。実は私が一番難しいと思っているクレドなんです。毎日、1テーブル3万、5万の会計をクレジットで20回も切ってると、どうしても作業になってしまいます。20年前、私たちのレストランの単価が今ほど高くなかった頃、1テーブル3万円のお客さまがご来店された時は、手が震えるほどでした。こんな高額なお会計のお客さまをこのまま帰していいものだろうか、と悩みました。人間だから慣れるのは普通です。だから常に自分を戒めないと出来ないのです。そういう意味で、勉強したり研修したりスタッフのみんなでカシータのクレドを確認し合うことは、慣れっこになっている自分に気づく、良いきっかけになっていると思います。

―そのほかに、大切にしていることはありますか?

創業した20年前、その前に一年間、高橋と私はどんなお店を作ろうかとすごく話し合ったものです。アマンにも連れて行ってもらいましたし、毎日、東京中のレストランも回りました。何料理の店にしようか?内装はどんな雰囲気にしようか?その時私たちが行きついたのは、流行を追いかけないで「人に喜んでもらえるもの」に特化することでした。喜んでもらうトイレってなんだろう?マウスウォッシュがあればうれしいだろうな。では喜んでもらう接客とは?喜んでもらう電話はどう出ればいい?喜んでもらうお出迎えはどうする?テーブルに着いた時に、待っててくれた感が分かるように、お客さまの名前を書いたメッセージカードがあれば喜んでくれるだろうな。そういうアイデアをいっぱい出して作ってきたのがカシータなのです。

コロナ禍において私もこの半年、オンラインストアの開設、ドライブスルーなど、いろんなことをやってきたせいで頭がごちゃごちゃになっていたのですが、改めて接客について考えると、流行るものではなく、「人に喜んでもらえる」ことを続けていくことが私たちの進むべき道だと自分の中でストンと落ちました。そういう意味では、コロナ対策も私には流行りに映る部分もあり、お客さまに喜んでいただける対策を考えなくてはいけない、そう思うようになりました。

―コロナで四苦八苦している飲食店が多い中で、あえて「これからも続けていきたいことは何ですか」と問いかけることはとても意義があることだと思います。コロナのせいで、飲食でやりたかったことを見つけられた人はもう一回頑張ってみようと思うのではないでしょうか?

流行りでお客さまを呼ぶのでなく、お客さまに喜んでいただくことをずっと続けていくこと。飲食店を経営するものとしてこの半年は本当に悩みの多いことばかりでしたが、やはり続けて行くことがすごく大事なことを学びました。そこが原点なのでしょうね。得意でないことをやるより、原点に返ることのほうが大切です。

―飲食業界の地位向上、そのために何が必要でしょうか?飲食業に限らずそもそも仕事とは、人とのかかわりの中で誰かの人生をより良くする、人生を変えてしまうところに働く喜びがあるのだと思います。そのためにカシータはどんなことをやっていますか?

まさに、カシータはそのためにやっているのだと思います。カシータのスタッフの中で、お客さまが涙するのを目の当たりにしたことがないスタッフは一人もいないかと思います。そういうのって、働いていてやる気が出ますよね。そのために現場はたくさんの汗をかく。汗をかくから、お客さまの涙を見てこっちもそれ以上泣けるんです。だから、我々は頑張るんです。汗をかかないと、休みが…、時給が…ってなっちゃいますよね。汗をかいた結果がお客さまの涙だったら、この仕事は他のどの仕事にも代えがたいですよ。飲食はとても素敵な職場だと思います。

(注1)アマンリゾーツとは、世界のVIPが訪れる、ホテル界最高のブランドであり、だれもが一度は訪れたいと憧れるリゾート。

(注2)ある時、ミスによる始末書が増え続けることに対して「“夜、急にお越しになった常連のお客様が誕生日だったと分かったため、ドンペリ1本を勝手に私の判断で開けて会社に損害を与えてしまいました”というような、お客様のためにあえてしてしまったことによる始末書が来るのを望んでいます」と高橋が全社員にメールを送った。

取材協力:株式会社サニーテーブル

東京都渋谷区神宮前5-51-8 ラ・ポルト青山

記者:スマイラー特派員
谷口光児(テンポス広報部)