中小の飲食店が目指さなければならないこと-Smiler vol.44

世の中に、チェーン展開というビジネスモデルが入ってきてから、中小の飲食店は勘違いしてしまうようになった。中小の飲食店が出店するには、マニュアルを駆使して出店するのではない。自分が育て上げた社員が匠に近づいて来たな、となって初めて出店するんだ。こういう出店戦略を取らずして、大手に勝てるわけがない。最近おれが考えるに至った中小の飲食店が目指さなければならないことを話そう。

中小と大手では戦い方が違う

刃を親指でスーッと触ってまだ駄目だと包丁を研ぎなおす。包丁研ぎが極められるまでに3年かかると言われているが、現代は包丁研ぎ機を買ってくればすぐにできてしまう。同様にキャベツ切り機を使えば、キャベツの千切りができるし、炊飯器をセットすればだれでも米が炊ける。麺打ちからゆでるまで、とりあえず機械がなんでもやってくれる時代だ。飲食店の匠がやっていることが100項目あるとすると、その内の70項目をそこそこクリアできる仕組みを作れば半年も経たないうちに店長の出来上がり。これで多店舗展開が出来る。世にいうチェーンストアのマニュアル経営だよね。

最近の飲食店は、匠になるよりも前にマニュアルを使って店員教育をしようとする。しかし、本来は1店舗や2店舗の店は、まずはオーナー自身が包丁の研ぎ方からキャベツの切り方まで、こだわって、こだわりまくって匠を目指し、次に右腕になる店員を匠になれるように育てていく、そんな経営をしなければならない。これが唯一の大手との差別化だ。なのに、匠を目指さず、大手のまねごとをしようとするから、店員だって10年やったって匠になれやしない。匠になれなくても100店舗や500店舗という数を武器に社員教育や販促などを仕掛けてくる大手に対して中小の飲食店が匠でなかったら、いったいどうやって勝つんだ?

商品と経営方針のどっちが先か

我々が他店を勉強するときは繁盛店の経営者の話を鵜呑みにしないよう気を付けなければならない。評価制度はこうだ、スタッフに店を持たせる仕組みはこうだとか、そんな経営者の話を耳にした時に、ほとんどの経営者志望の人は勘違いする。その話をしているオーナーは自分が極めたのではなく、たまたまヒットした商品のおかげで繁盛店となったことに気付いていない。その一方で聞く方は経営の手法ばかりを勉強したがるから、オーナーの評価制度とか独立制度といった経営方針が素晴らしいから繁盛店になったのだと勘違いしてしまう。だけどそうじゃないんだ。あなたの店の商品を評価したからお客さんが来るのであって、経営方針が先に出来たからお客さん来るわけではない。全く順序が逆なんだよね。美味しい料理とコストパフォーマンス、心配り、衛生管理、こういった大原則を極めて初めてお客が付いてくる。これを極めずして、社員の働きやすい職場を作ろうとか、社員が店を持てるようにしようだとか、そんな夢は語るべきではない。

中小企業の本質とは

よくいろんな人から「右腕はいるんですか?」「二番手は育てているんですか?」と聞かれることがあるが、そんなのいるわけがないじゃないか。中小規模の企業に将来を担うような良い人なんてほとんど来ないよ。

昭和30年頃の浜松にはオートバイメーカーが20社ほどあったけど、ほとんどが一代で消えてしまった。オーナーはみんな一生懸命やったけど、ホンダのようにはなれなかったんだ。なぜなら、本田宗一郎には最初から藤沢武夫という右腕がいたけど、他所には藤沢武夫のような存在がいなかったからだ。中小企業とはそういう宿命なんだ。右腕なんてそう簡単に見つからないし、そもそも、来るわけがないので育てようがない。育てようという気になること自体が間違いである。

しかし、飲食店は全国に60万件もあるのだから、その中には、たまたま店にぶらりと入ってきた人の中で、オーナーを超える人材が来る時だってあるんだ。だから、そんな人が来やすくなるように、会社の規模を大きくしたり、業界で注目されるような仕事をしたり、そうやって“その人”が来る可能性を広げていかなければならない。1店舗や5店舗ぐらいで、どこかの経営の本を読んで右腕を作るなんてしてはいけないよ。まずは、自分の腕を極め、それで自分の代で終わり、という気持ちでやる。そこでたまたま来た人の中に良い人材がいたらありがたい、と神に向かって感謝するだけのことだ。そして“その人”をなんとしてでも右腕にしていくんだ。資質の無い人しか入ってこない会社で右腕を作ろうと、経営に参画させたり働き方改革に取り組ませたりなんて、そんなの回り道の極みだよ。

人を育てようなどと考えるな

やる気のあるサラリーマンが10人20人集まって、新メニューを開発したり、サービスを変えてみたりしても、そんなのうまく行くはずがない。最高の接客、気づき、そんなの誰に相談するんだ? 自分で考え作り上げることじゃないか。自分が寝る間も惜しんで工夫して、ため息つくぐらいやった時に初めて、売れるものが作れるんだ。サラリーマンが何十人集まったって、死ぬ気でやっているオーナーひとりにかなうわけがないんだよ。

普通に働いている人の頑張りが1だとすると、一生懸命やってる人は10ぐらいだろう。では、オーナーひとりで必死に死ぬ気でやっている人はいくつだと思う? 普通に働いている人の100倍はあるんだよね。やる気のあるサラリーマンは確かに一生懸命だけど、オーナーのような必死さは無い。真面目に取り組んでいる人が100冊読んで1覚えることを、一生懸命やってる人は10冊で覚えてしまうだろう。しかし、必死にやってる人というのは、一冊の本で、100冊分の体得が出来てしまうんだ。ただ覚えるだけじゃないよ、体得できてしまうんだ。つまり、必死さと一生懸命では、これだけ格段に違うということだ。

普通の人が2000人いるとしたら、一生懸命やる人はせいぜい20人。その20人は働くエネルギーが充満しているから、人より早く会社に来たり勝手にトイレ掃除をしたり、スッとお客さんに話しかけたりできる。こういう人たちの中から、必死にやる人材が出てくるわけで、普通の人に必死にやらせようとしても、ものすごく時間がかかって大変だ。それより、オーナー自身が必死になった方がよっぽど早いじゃないか

順番を間違えてはいけない

かつて北尾っていう部屋から逃げ出した横綱がいた。根性も人格も何もできていないのに、資質さえあれば横綱でもなれちゃうってことだよ。商売だって同じだ。人格が悪くったって1000億を稼げてしまうことがあるんだ。になったりするんだよ。性格も人格も悪いくせに勝手に世間が人格が素晴らしいとかいうけれど、素晴らしくも何ともないよ。人格者なんてマスコミが勝手に作り上げたもんだ。

資質とは何かというと、働くエネルギーにあふれていること。これがほとんどだが、もう一つ、常に将来に向かってやりたがるという資質もある。でも、将来を夢見たってエネルギーがなければ毎日ロクでもないことばかり考えることになる。こんな人はゴマンといるだろう。

だから、我々中小企業が目指すのは、どこかで経営の本を読んできては、働きがいをみつけるだとか、評価制度がどうだとか、全員参加型だとか、そんなこと考えちゃいけないんだよ。自分が死ぬ気で働いて、極めた結果お客が増えて繁盛するとなって初めて一般社員の普通に働いている人たちの労働環境とか、ささやかな経営参画のまね事をやってもらえばいいんだよ。

Smiler vol.44 森下篤史
記事:乙丸千夏