クラフトビール飲み放題と牛タンとの2枚看板で、コスパ抜群の大繁盛店に。

クラフトビールのブームは静かながら、根強く続いている。

とはいえ、飲食店にとって、クラフトビールは簡単には扱いにくい商材だろう。仕入れの際には、人気のブルワリー(醸造所)とのネットワーク作りが不可欠だ。しかも、大手のビールよりも原価が高いので、利益が出にくいし、サーバーなどの設備投資もかさむ。

さらに、いわゆるビール党の人に、クラフトビールの魅力を知ってもらうのは思いのほか難しい。長く、好んでビールを飲んできた人ほど、大手の提供するさっぱりしたビールを、喉ごしで飲むのに慣れきっていて、「ビールなんてこんなもの」という狭い常識にとらわれているからだ。

最後にたちはだかる壁は価格設定。香り豊かで、旨味の分厚いクラフトビールを飲み慣れて、その魅力にハマったファンは、大手のビールには食指が動かなくなる。かといって、専門のビアバーなどでクラフトビールを飲むと、1杯が1000円近くもするので、おいそれとは通えない。スーパーなどで瓶や缶のクラフトビールを買って、家飲みに走るファンが増えるのもうなづけるところだ。

こんなクラフトビール業態の難しいハードルを、軽々とクリアして大繁盛しているのが、新宿御苑にあるクラフトビールと牛タンの店、ベクタービア(Vector Beer)である。

7時頃になると、テラス席と合わせて40席ほどある店内はほぼ満席。予約がないと入店できないほどの盛況ぶりだ。

オーナー社長の小川雅弘さん(34歳)は、関西出身で、23歳で飲食店経営の道に入った。詐欺にあって新店の開業資金を失ったことをきっかけに、大阪の店をたたんで心機一転、25歳で東京に進出した。東京では、四ッ谷界隈を中心に、赤坂、新宿などで、あくまでコストパフォーマンス(以下、コスパ)重視のバルや日本酒の店などを展開してきた。

「格好をつけた店は好みじゃない。気楽に飲んで、食べて、楽しく過ごせる普段使いの店が作りたい。その上で、結果として、ほかで飲み食いするよりも安いというコスパ重視が、全店舗に共通するコンセプトです。コスパ重視を実現するために、初期投資は徹底して抑える。安い物件でしかやらないし、内装も、自分たちでやる。初期投資を抑えて、さらに地代の安い分を、お客様に還元するというのが基本的な考え方です」

2013年11月に開店したベクタービアの物件も、カフェ、カレー店が撤退した後の居抜き物件だった。当然、初期投資は抑えられるし、地代も安い。その立地で、4年ほど前から、小川さんがその魅力にハマっていたクラフトビール中心の業態を、満を持して立ち上げることにした。もっとも、クラフトビール業態が難しいことは、十分に承知の上だった。

「クラフトビールだけでは、お客を引っ張れない。もう一つ、単体で魅力のある商材が必要だ」

そう考えた結果、たどりついたのが牛タンだった。クラフトビールも牛タンも、やや高級な商材だ。その両方が、かなり安い値段で楽しめる店ならば、2つの入口からお客を呼ぶことができる。

こうして開店したベクタービアは、冬から春にかけて徐々にお客を増やしていった。さらに、その年の夏に導入したのが、クラフトビールの「飲み放題」である。

もともと、ベクタービアのクラフトビールは、280mlのグラスが450円とかなりの低価格。クラフトビールのブームのきっかけをつくったとされる店、クラフトビアマーケットが、グラス(250ml)1杯480円で「価格破壊」と言われたのだから、それを上回る価格設定だった。加えて、3000円で、2時間、10種類あるクラフトビールが飲み放題という思い切ったシステムを導入したのである。店長が、常連客の要望を聞き取ったところ「もっとたくさん飲みたい」というお客が多かったための決断だった。飲むグラスの大きさは自由。10種類のクラフトビールを全部飲めば1杯が300円となる。この強烈な価格破壊は、ファンに大ウケした。

夏を過ぎて、ベクタービアは予約がないとなかなか入れない大繁盛店となった。そのタイミングで、2軒隔てたビルに、スケルトンの安い物件が出たので、すぐにそちらと契約。クラフトビール業態の第2弾としてベクタービアーファクトリー(Vector Beer Factory。以下ファクトリー)が2014年12月に開店した。

この新店の開店にともない、ベクタービアで実施していたクラフトビールの「飲み放題」は、事前予約制となり、料金も変わった。当日予約が可能な2時間3000円の「飲み放題」は現在はファクトリーが実施している。ベクタービアが手狭になり、冷蔵庫で冷やした樽がすぐになくなってしまうため、スペースに余裕があって、将来的にはブルーパブ(醸造所付きのビアパブ)への展開も目指しているファクトリーが、「飲み放題」を引き継いだのだという。

図2

ファクトリーのコンセプトは、ホップホリック(ホップ中毒)。17個あるタップ(注ぎ口)のうち、12個はIPA(インディアペールエール。ホップの苦味、香りが強くアルコール度数の高いクラフトビールのスタイル)となっている。ベクタービア、ファクトリー双方の店で、クラフトビールの仕入れを担当する桃原麻子さんは「ベクタービアでもIPAの人気が一番高かった」からだと話す。

「ベクタービアでは、10タップ全部、別のスタイルのクラフトビールをつなぐというのが原則だったのですが、IPAだけは2タップつないでいた。それでも、IPAの樽が一番先になくなる。IPAを常時、12タップつないでいる店は、ほかにないと思いますよ」

こうしたくっきり、絞り込んだコンセプトのおかげで、ファクトリーでは、国産IPAの樽生を存分に楽しめる。料理は牛タン中心のグリル料理だが、ベクタービアとは別のメニュー構成だ。

クラフトビールについても、ベクタービアとファクトリーは基本的にダブらない銘柄を揃えているので、2店をハシゴし、27種類のクラフトビールの中から好みのものを楽しむお客も多い。ファクトリーの最近の一番人気は、コエド(川越市)の毬花。コエドが2014年11月から発売開始したばかりの定番商品で、ほかの定番商品とは違って瓶では販売していないため、樽生でしか飲めない。

スタイルはセッションIPA(飲み飽きしないIPAのこと)。個性的で、複雑なホップの香りとキレの良い味わいのバランスが実に見事で、日本のIPAも、ここまで来たかという感慨に襲われる。家飲み派のクラフトビールファンであっても、このIPAだけは、お店で試してみる価値大だ。

(文:桶谷仁志)

ベクタービア(Vector Beer)

東京都新宿区新宿1-36-5 新宿ホテルパークイン1F

03-6380-0742

ベクタービアーファクトリー(Vector beer Factory)

東京都新宿区新宿1-36-7 川本ビル1F

℡03-5315-4744