誘拐、昨日の続き。(前を読んで見て下さい)

北斗工業の事務所の中には、社長を入れると都合9人と言うことになる。
女子事務員らしき女が2人いたが、漁師の娘だったりして 力持ちってことも有るので、伝事との話し合いにより、人数から外すのは軽卒だと言う結論に達した。
そのうちに3人出てったので、伝事と顔を見合わせて、このままどんどん人が居なくなればいいなと、暗黙の了解をしてる間もなく8時頃になったら、一辺に6人も来やがって、大体始業間際に出社させるような勤怠管理の徹底してない社長には、何としても天誅を加えなくてはならぬ。と言う気になって伝事をみるとうつむいて、顔色が白っぽくなっている。
9時過ぎて、10時過ぎて、3人出てって、2人来て 1人出たら忘れ物をしてすぐもどっ来て、「脳トレ」みたいな事をしているうちに、何人いるか分からん用になってくるし、ストレスで、伝事は、
「突入しましょう、突入!」なんて、ヨダレを拭きもしないで叫ぶから、
「ついて来い!」って言って、精米所の事務所を飛び出した。
「北斗工業」のところに来たら伝事が居ない。
走って戻ったら伝事、「すみません、ションベン!」だとよ。
ロープを持っていくのはやめよう。昨日はテンションが高かったが、ロープはな~、と言うこと
で、車においておいた。
意を決して北斗の事務所のドアーを蹴破った。本当は「お早うございます」って入って行った。
「康夫」はびっくりしたような顔をして、俺を見つめていた。
あゝ良かった こんなに多勢の事務所で叩かれたら、血が出るところだった。
「村山社長!チョットイイですか。」少しづつ落ち着いて来た。
3人で、打ち合わせをしていたようだったが、二人を所払いして、俺と伝事の前に「康夫」が座った。
「判ってると思うが、550万持ち逃げした金を返してくれ。」
「小金井に居る弟と連絡を取って、返すから。」
「デマカセ言わないでくれ。うちで払った金を、資金繰りに使って、頼んだ製品を作ろうともしないで、鼻っから、作るつもりもなく、持ち逃げしたんじゃないですか。」
最後の方は、吊るし上げる勢いもなく、哀願っぽくなって、こんなはずじゃあと思いつつ。
「信用出来ないから、今から一緒に東京に行ってもらう。そこで弟でも何でも呼んでくれ。兎に角ゴタゴタ言い訳をしないで車に乗ってくれ!」
闘う男と、善良な小市民が交互に出て来て、強気でものを言ったり、頼んで見たり。
東名走行中、誰も喋らない。俺が運転、伝事と康夫は後ろに座った。康夫が電話をすると言う。
「伝事!ついてけ!」
応援を呼んでど突かれたんではたまったものではない。
電話ボックスの横に所在なげに、伝事は、立っている。
俺は会社に電話して、全ての社員を集めておけ!と言った。 5人だけど。
4時頃羽田の工場に着いた。
鉄骨スレートの170坪の工場は古くて、後ろ手に縛って、猿ぐつわをした悪人を白状させるには、ピッタリのシチュエーション。
よーく考えると俺が悪役をやってるような場面だけど。
そう言えば朝から何も食べてない。カツ丼を頼むだんになり、俺と伝事だけというわけにもいかず、550万持ち逃げ犯にもカツ丼食わせた。
「すみません、お茶を下さいませんか」好い加減にしてくれよ。金返せと思いつつ、お茶を出した。
多勢に見られていると、緊張して喉に詰まってお茶がないと、飲み込めないだなんて。
債権を明確にしようと、550万持ち逃げしてすみませんと、借用書を書かせた。
日付けを確定させるために、その日の新聞の記事を大写しにして、写真をとった。
フィリピンで三井物産の若王子さんが誘拐されて、新聞を持って日にちを確定させたのと、指を切られたと見せるように、小指を折り曲げた写真が、報道された時にはビックリしたもんだったが。
こっちの場合、何で新聞を持たせて写真を取らなければならない理由は無かったが、
犯人を捕まえたのか、自分達が悪人を演ってるのか、よく分からなくなっていた。
夜の7時になり8時になって、康夫をどうすれば良いか分からない。
ロープで吊るしておこうと言ったら。ションベンやウンコの度に降ろしたりつる下げたり、面倒だから辞めとこうという。
逃げられないようにがんじがらめにして、工場の隅に転がしておこうと、意見がまとまった。
猿ぐつわをしておかないと、大声を出されたらここは、都内の羽田、隣に丸聞こえ。
猿ぐつわをしておいて、ウンコを漏らしたら工場が臭くなっちまうよと、ドイツもかいつも、否定的なことばかり言いやがって、
金返さないんだから袋に詰めて羽田に沈めたらと、久しぶりに前向きな意見を言うやつがいる。
「それはいいな、お前やってくれるかい。」
「無茶ですよ、伝事さんでなくちゃぁ」
伝事は今日一日で疲れ果てて、事務所のこ汚い長椅子に寝転がって、ぐーぐー眠っている。
殺人犯になっちまうとか、うんこで臭くなるだとか、やりようが無い。
10時過ぎてくると、ダンダン面倒臭くなり、社員も帰っていいですかなんて勝手なことを言い出す始末。
康夫は、半分ニヤニヤして、俺たち小市民の馬鹿な会話を、お茶を飲みながら聞いている。
時々、「痛く無いように頼みますよ」だなんて、提案してくる。
やりようも無いので、帰ってもらうことにした。
「ここを真っ直ぐ行って、二つ目の角を」って説明してるのを遮って、
「放り出されても困るので、電車代を貰いたい」
夜の10時過ぎだし、そりゃ~そうだ。
「幾らいるんだ」
「5000円あれば、四日市迄帰れると思いますが」
「小金井の弟のとこへいけ」
「弟は、会社が潰れた時から小金井にはいない」
「あんた!昼間小金井の弟と連絡とって金を返すって言ったじゃないか!」
「アレは咄嗟に言っただけで、嘘です」
「あんた!いいかげんにしてくれ!一銭も返さないで、カツ丼喰って、お茶飲んで、コーヒーのんで、その上金をかせかよ!5000円は頭にくるから、4000円にしておく。」
「じゃあ、駅まで送ってくれませんか」
「この野郎、頭にくるな~!伝事ぃ、駅までだってよ!」