白髪の浴衣のばーさんが、肩越しに、息子に言ってくれませんか。振り向いたら、誰もいない。

昭和医大の改築
増田さんと清水と私の、三人で、大田区だか、目黒区だか、の昭和医大の改築で、地下の社員食堂の、引き上げに行った。
60坪以上はある、食堂の引き上げが、あらかた終わり、二人を残して、地下の小部屋の探索をした。
10~15坪の小部屋が幾つもあった。
部屋の電気はすでに消えていて、廊下の緊急用の照明が有るだけで、小部屋は薄暗く、手術用ベッドであろう、血だらけのマットの乗ったベッドがいくつも置いて有る。
ホテル用に売れるかもしれないと、マットを外して、5~6台運び出した。
増田さんと清水は、食堂の、最後の冷蔵庫を、台車に載せて、廊下を出口にむかっていた。
小部屋には、30センチ角の小さな、ステンの流しや、湯沸かし器、家庭用の冷蔵庫があり、
宝の山のようで「増田さん!小部屋はお宝だらけだよ、俺はこっちの列をやるから、清水と二人で、そっち側を引き上げてくれ。」
一人でガサゴソやっていると、向かいの部屋から、青白い顔の増田さんが、取り乱して、飛んで出てきた。
ハアハアいいながら。
今迄いた部屋を震える手で、指差しながら、今その部屋の冷蔵庫を出したら、海の家で使えそうな、丸椅子が5つある。運び出そうとしたら、何時の間にか、どっから来たのか、婆さんが座っている。
斜めのストライブの入った、粋なゆかたをきていた。
「婆さんその椅子運び出すから、どいてくんな」
婆さんがいなくなったので、椅子を重ねて、運び出そうと、2~3歩歩いたところで、
耳元で「これを、これを」と言う。
肩の上に、婆さんの顔があり、「これを、息子に届けてくれ」
「婆さん!椅子をださなきゃなんねぃ!邪魔だよ」
今運ぼうと持っていた椅子が重すぎて、持ち上がらない。
婆さんが肩の上に乗っかっており、ビックリして部屋を飛び出そうとしたが、身体がうごかない。
目の前の廊下を、清水が小型の冷蔵庫を台車に載せて、通り過ぎようとしている。
「シッシッ清水ぅ。」大声を出しているつもりが、声もでない。力んで身体を振り回そうともがいているうちに、フット軽くなって、部屋から出ることができた。
清水が、目を見開いて、固まったようで「まっまっ増田さん!俺の前を、白い髪の婆さんが通り抜けたよぅ~斜めの線の入った浴衣を来ていた。」
「その婆さん!俺の肩の上にいたひとだぁ」
息を切らせて「シャシャ社長!早仕舞いにしましょう」
未だ4時だ、今やめると明日またこなくてはなんない。
二人の決意は硬く、地下室へ行こうともしない。
しょうがないので、戸田の、現場事務所に行って「すんません、今日は早仕舞いさせて貰います」
「終わりましたか?」
事情を話し始めたら、「時々出るんですよ、白髪の婆さんでしょう。」
二人は、ゲーゲーやりながら、身体集に塩をふりかけて、帰りの車の中でものも言わなかった。
同じ部屋にいったのに、老人に優しい俺のところには、婆さん、声もかけてくれなかった。